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  • 中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分8

    ◆場面3 

    言終って、叢中から慟哭の声が聞えた。袁もまた涙を泛べ、欣んで李徴の意に副いたい旨を答えた。李徴の声はしかし忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻って、言った。A2B1C2D2
    本当は、先まず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。A2B1C1D1
    そうして、附加えて言うことに、袁參が嶺南からの帰途には決してこの途を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて故人ともを認めずに襲いかかるかも知れないから。又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、此方を振りかえって見て貰いたい。A2B1C2D2
    自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。勇に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示して、以って、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起させない為であると。A2B1C2D2
    袁參は叢に向って、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上った。叢の中からは、又、堪え得ざるが如き悲泣の声が洩もれた。袁參も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出発した。A1B1C2D1

    花村嘉英(2019)「中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分」より

  • 中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分7

    【カラム】
    A平均2.0 標準偏差0 中央値2.0 四分位範囲0
    B平均1.2 標準偏差0.4 中央値1.0 四分位範囲0
    C平均1.4 標準偏差0.49 中央値1.0 四分位範囲1.0
    D平均1.6 標準偏差0.49 中央値2.0 四分位範囲1.0
    【クラスタABとクラスタCD】
    AB 平均1.6高い、標準偏差0.2普通、中央値1.5高い、四分位範囲0低い
    CD 平均1.5高い、標準偏差0. 49普通、中央値1.5高い、四分位範囲1.0低い
    【クラスタからの特徴を手掛かりにし、どういう情報が主成分なのか全体的に掴む】
    壁越しの会話であり、情報は旧から新、問題は未解決から解決へ進んでいく。
    【ライン】合計は、言語の認知と情報の認知の和を表す指標であり、文理の各系列をスライドする認知の柱が出す数字となる。
    ① 6、視覚、直示、旧情報、未解決 → 李徴は己の自尊心を認める。
    ② 6、視覚以外、直示、新情報、未解決 → 臆病な自尊心である。
    ③ 6、視覚、直示、旧情報、未解決 → 他方に尊大な自尊心もある。
    ④ 7、視覚以外、直示、旧情報、未解決 →尊大な自尊心は虎であった。
    ⑤ 6、視覚以外、隠喩、新情報、解決 → 己を損ない知人を傷つけ、外形を内心にふさわしいものにしてしまった。
    【場面の全体】
     視覚情報が4割のため、通常の五感の入力信号の割合よりも低いため、視覚以外の情報が問題解決に効いている。

    花村嘉英(2019)「中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分」より

  • 中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分6

    ◆場面2

    何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依れば、思い当ることが全然ないでもない。人間であった時、己は努めて人との交りを避けた。人々は己を倨傲だ、尊大だといった。実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。勿論、曾ての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云いわない。A2B1C1D2
    しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。A2B1C1D2
    共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心とのせいである。己の珠に非ることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。
    A2B1C1D2
    己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。A2B2C2D1
    これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。今思えば、全く己は、己の有っていた僅ばかりの才能を空費して了った訳だ。
    A2B1C2D1

    花村嘉英(2019)「中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分」より

  • 中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分5

    【カラム】
    A平均1.8 標準偏差0.45 中央値2.0 四分位範囲2.0
    B平均1.0 標準偏差0 中央値1.0 四分位範囲0
    C平均1.8 標準偏差0.45 中央値2.0 四分位範囲2.0
    D平均1.4 標準偏差0.49 中央値1.0 四分位範囲1.0
    【クラスタABとクラスタCD】
    AB 平均1.4普通、標準偏差0.22普通、中央値1.5普通、四分位範囲1.0低い
    CD 平均1.5高い、標準偏差0.44普通、中央値]1.5普通、四分位範囲1.5普通
    【クラスタからの特徴を手掛かりにし、どういう情報が主成分なのか全体的に掴む】
    Bのバラツキが小さくて、直示のジェスチャーが多いことから、登場人物はよく動いている。
    【ライン】合計は、言語の認知と情報の認知の和を表す指標であり、文理の各系列をスライドする認知の柱が出す数字となる。
    ① 7、視覚以外、直示、新情報、未解決 → 李徴が発狂した。
    ② 7、視覚以外、直示、新情報、未解決 → 旧友の袁參が近くを通る。
    ③ 5、視覚、直示、新情報、解決 → 果たして人喰虎が出没した。
    ④ 6、視覚以外、直示、新情報、解決 → 声に聞き覚えがあり、李徴の声とわかる。
    ⑤ 5、視覚以外、直示、旧情報、解決 → 李徴も声の主と認める。
    【場面の全体】
     全体で視覚情報は2割であり、脳に届く通常の五感の入力信号の割合よりもかなり低いため、視覚意外の情報が問題解決に効いている。

    花村嘉英(2019)「中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分」より

  • 中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分4

    ◆場面1

    一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、遂に発狂した。或る夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。彼は二度と戻って来なかった。附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。
    A2B1C2D2
    翌年、監察御史、陳郡の袁參という者、勅命を奉じて嶺南に使いし、途に商於の地に宿った。次の朝未暗い中うちに出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれた方が宜しいでしょうと。A2B1C2D2
    袁參は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥けて、出発した。残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。虎は、あわや袁參に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隠れた。叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟くのが聞えた。A1B1C2D1
    その声に袁參は聞き憶えがあった。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、李徴子ではないか?」袁參は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少なかった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁參の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。A2B1C2D1
    叢の中からは、暫く返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微な声が時々洩るばかりである。ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。A2B1C1D1

    花村嘉英(2019)「中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分」より

  • 中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分3

    3 多変量の分析

     多変量を解析するには、クラスタと主成分が有効な分析になる。これらの分析がデータベースの統計処理に繋がるからである。多変数のデータでも、最初は1変数ごとの観察から始まる。また、クラスタ分析は、多変数のデータを丸ごと扱う最初の作業ともいえる。似た者同士を集めたクラスタを樹形図からイメージする。それぞれのクラスタの特徴を掴み、それを手掛かりに多変量データの全体像を考えていく。樹形図については、単純な二個二個のクラスタリングの方法を想定し、変数の数や組み合わせを考える。
     作成したデータベースから特性が2つあるカラムを抽出し、グループ分けをする。例えば、A五感(1視覚と2それ以外)、Bジェスチャー(1直示と2比喩)、C情報の認知プロセス(1旧情報と2新情報)、D情報の認知プロセス(1問題解決と2未解決)というように文系と理系のカラムをそれぞれ2つずつ抽出する。
     まず、ABCDそれぞれの変数の特徴について考える。次に、似た者同士のデータをひとかたまりにし、ここでは言語の認知ABと情報の認知CDにグループ分けをする。得られた変数の特徴からグループそれぞれの特徴を見つける。最後に、各場面のラインの合計を考える。それぞれの要素からどのようなことがいえるのであろうか。「山月記」のバラツキが縦のカラムの特徴を表しているのに対し、ここでのクラスタは、一場面のカラムとラインの特徴を表している。
     なお、外界情報の獲得に関する五感の割合は、視覚82%、聴覚11%、嗅覚4%、触覚2%、味覚1%とする。(片野2018)

    花村嘉英(2019)「中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分」より

  • 中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分2

    2 中島敦の「山月記」はパーソナリティ障害

     「山月記」の購読脳を「自尊心と自己愛性パーソナリティ障害」とする。自尊心については、主人公の李徴が認めている。日本成人病予防協会(2014)によると、人から称賛されたいと強く思い、根拠もないのに自分は称賛に値する優れた人間だと信じている。特権意識の強い、己惚れた人間である。自己愛を傷つけられると怒ることもある。この群に属するパーソナリティ障害には、反社会性、境界性、演技性といった基本的な特徴があり、他人を巻き込み派手で劇的な人格が見受けられる。
    購読脳の組み合せ、「自尊心と自己愛性パーソナリティ障害」という出力が、共生の読みの入力となって横にスライドし、出力として「人生と思考」という組を考える。よって「中島敦と思考」としてシナジーのメタファーを調節する。
    リスク回避と取れる提言が述べられる。己惚れることなく協調性を持って生活することが人生の心得なのである。なお、パーソナリティ障害は、一般的に病気に対する自身の認識が低いため、治療に至らないことが多い。できるだけ周囲の人を通して調節するとよい。

    花村嘉英(2019)「中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分」より

  • 中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分1

    1 先行研究との関係

     これまでに中島敦(1909-1942)の「山月記」執筆時の脳の活動を思考とし、シナジーのメタファーを作成している。(花村2018) この小論では、さらに多変量解析に注目し、クラスタ分析と主成分について考察する。それぞれの場面で中島敦の執筆脳がデータベースから異なる視点で分析できれば、自ずと客観性は上がっていく。ここでシナジーのメタファーといえば「中島敦と思考」を指す。

    花村嘉英(2019)「中島敦の「山月記」の多変量解析-クラスタ分析と主成分」より

  • 中島敦の「山月記」の相関関係について5

    4 相関係数を言葉で表す

    数字の意味を言葉で確認しておこう。 

    -0. 7≦r≦-1.0 強い負の相関がある
    -0.4≦r≦-0.7 やや負の相関がある
    0≦r≦-0.4 ほとんど負の相関がない
    0≦r≦0.2 ほとんど正の相関がない
    0.2≦r≦0.4 やや正の相関がある
    0.4≦r≦0.7 かなり正の相関がある
    0.7≦r≦1 強い正の相関がある

    5 まとめ

     中島敦の「山月記」のデータベースのうち、言語の認知のカラム、思考の流れ1ある、2ないと、情報の認知のカラム、人工知能(人格障害)で1反応範囲内2逸脱は、負の強い相関関係になることがわかった。

    参考文献

    花村嘉英 計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか? 新風舎 2005
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社 2015
    花村嘉英 日语教育计划书-面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用 日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで 南京東南大学出版社 2017
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默 ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社 2018
    花村嘉英 中島敦の「山月記」のデータベース 2019
    前野昌弘 回帰分析超入門 技術評論社 2012

  • 中島敦の「山月記」の相関関係について4

    A 言語の認知(思考の流れ):1ある、2ない → 2、3
    B 人工知能(人格障害):1反応範囲内2逸脱 → 4、1

    ◆A、Bそれぞれの平均値を出す。
    Aの平均:(2 + 3)÷ 2 = 2.5
    Bの平均:(4 + 1)÷ 2 = 2.5
    ◆A、Bそれぞれの偏差を計算する。偏差=各データ-平均値
    Aの偏差:(2 – 2.5)、(3 – 2.5)= -0.5、0.5
    Bの偏差:(4 – 2.5)、(1 – 2.5)= 1.5、-1.5
    ◆A、Bの偏差をそれぞれ2乗する。
    Aの偏差2乗 = 0.25、0.25
    Bの偏差2乗 = 2.25、2.25
    ◆AとBの偏差同士の積を計算する
    (Aの偏差)x(Bの偏差)= -0.75、-0.75
    ◆AとBを2乗したものを合計する。
    Aの偏差を2乗したものの合計 = 0.25 + 0.25 = 0.5
    Bの偏差を2乗したものの合計 = 0.25 + 0.25 = 0.5
    ◆Aの偏差とBの偏差の合計を計算する。-0.75 + -0.75 = -1.5

    表2 計算表
    A 2 3 合計5
    偏差 -0.5 0.5 合計0 
    偏差2 0.25 0.25 合計0.5
    B 4 1 合計5
    偏差  1.5 -1.5 合計0
    偏差2 2.25 2.25 合計4.5
    AB偏差の積 -0.75 -0.75 -1.5

    ◆相関係数は、次の公式で求めることができる。
    相関係数=[(A-Aの平均値)x(B-Bの平均値)]の和/√(A-Aの平均値)2の和x(B-Bの平均値)2の和
    上記計算表を代入すると、相関係数 = -1.5/√0.5 x 4.5 = -1.5/1.5 = -1
    従って、負の強い相関があるといえる。

    花村嘉英(2019)「中島敦の『山月記』の相関関係について」より