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  • 遠藤周作の「あの世で」で執筆脳を考える3

    3 データベースの作成・分析  

     データベースの作成法について説明する。エクセルのデータについては、列の前半(文法1から意味5)が構文や意味の解析データ、後半(医学情報から人工知能)が理系に寄せる生成のデータである。一応、L(受容と共生)を反映している。データベースの数字は、登場人物を動かしながら考えている。
     こうしたデータベースを作る場合、共生のカラムの設定が難しい。受容は、それぞれの言語ごとに構文と意味を解析し、何かの組を作ればよい。しかし、共生は、作家の知的財産に基づいた脳の活動が問題になるため、作家ごとにカラムが変わる。

    【データベースの作成】

    表1 「あの世で」のデータベースのカラム

    文法1 名詞の格 遠藤周作の助詞の使い方を考える。
    文法2 態 能動、受動、使役。
    文法3 時制、相 現在、過去、未来、進行形、完了形。
    文法4 様相 可能、推量、義務、必然。
    意味1 五感 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。
    意味2 喜怒哀楽 情動との接点。瞬時の思い。
    意味3 思考の流れ リンク、ありなし 。
    意味4 振舞い ジェスチャー、身振り。直示と隠喩を考える。
    医学情報 病跡学との接点 受容と共生の共有点。構文や意味の解析から得た組「魂と心の繋がり」と病跡学でリンクを張るためにメディカル情報を入れる。
    情報の認知1 感覚情報の捉え方 感覚器官からの情報に注目するため、対象の捉え方が問題になる。例えば、ベースとプロファイルやグループ化または条件反射。
    情報の認知2 記憶と学習 外部からの情報を既存の知識構造に組み込む。その際、未知の情報についてはカテゴリー化する。学習につながるため。記憶の型として、短期、作業記憶、長期(陳述と非陳述)を考える。
    情報の認知3 計画、問題解決、推論 受け取った情報は、計画を立てるときにも役に立つ。目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。獲得した情報が完全でない場合、推論が必要になる。
    人工知能 リンクと隙間 エキスパートシステム リンクは、運動や力を伝達する装置、隙間は、ものとものとの間のすいているところ。

    花村嘉英(2020)「遠藤周作の『あの世で』の執筆脳について」より

  • 遠藤周作の「あの世で」で執筆脳を考える2

    2 Lの分析

     遠藤周作(1923-1996)は、晩年に人間にとり死が何なのか真剣に考えていた。死は肉体を滅ぼしても魂は滅びず、次の世界へ行く。高橋(2000)によると、その世界が現世に何らかの影響を及ぼし続け、自他をともに動かし、互いを見守り、永久に生命体が存在することを作者は信じていた。そして、遠藤周作は、「あの世で」を彼の作品群の隙間を埋めるものと位置づけた。
     アメリカの精神科医キューブラー・ロス(1926-2004)博士の影響もある。ロスは、死にかけている患者の扱いに憤慨し、死と死ぬことそして死後の世界に関心を持つようになった。ロスの研究では、死の受容プロセスが有名である。否定・遊離→怒り→取引→抑うつ→受容というように経過する。自分が死ぬことは嘘ではないか疑い、それを怒り、何かに縋ろうとし、次第に何もできなくなり、死を受け入れる。(キューブラー・ロスWikipedia)
     日航機が御巣鷹山に墜落した事故は、夏のお盆や終戦記念と重なって魂が里帰りする季節を思い出す。もし、大阪行きの日航機402便に搭乗していたら、墜落事故に遭遇しただろう友人大塚公平は、囲碁仲間からの強引な誘いのおかげで夜の新幹線に乗ることになる。そこで奇跡が起こった。
     しかし、話はこれだけでは終わらない。友人の大塚の恋人だった別所芳子と同姓同名の遭難者がいる。この女性は、40年も前に乳癌で死んでいる。新聞社が家族に連絡しようにも住所が存在しない。住所以外は、大塚が恋人と別れた時点と変わらない。年齢も23歳である。その女性が身代わりになってくれた。次の世界にいても同じ屋根の下でともに苦労を重ねた男を愛する気持ちからお守りしてくれた。ありがたい限り。
     動物の肉体に宿って心の働きを司ると考えられる魂について改めて考えさせられる。そこで、購読脳を「魂と心の繋がり」にする。心の繋がりは、無論精神作用であるため、執筆脳は、「リンクと隙間」にする。この執筆脳を購読脳の「魂と心の繋がり」とマージした場合のシナジーのメタファーは、「遠藤周作と隙間の調節」である。 

    花村嘉英(2020)「遠藤周作の『あの世で』の執筆脳について」より

  • 遠藤周作の「あの世で」で執筆脳を考える1

    1 はじめに

     文学分析は、通常、読者による購読脳が問題になる。一方、シナジーのメタファーは、作家の執筆脳を研究するためのマクロに通じる分析方法である。基本のパターンは、まず縦が購読脳で横が執筆脳になるLのイメージを作り、次に、各場面をLに読みながらデータベースを作成し、全体を組の集合体にする。そして最後に、双方の脳の活動をマージするために、脳内の信号のパスを探す、若しくは、脳のエリアの機能を探す。これがミクロとマクロの中間にあるメゾのデータとなり、狭義の意味でシナジーのメタファーが作られる。この段階では、副専攻を増やすことが重要である。 
     執筆脳は、作者が自身で書いているという事実及び作者がメインで伝えようと思っていることに対する定番の読み及びそれに対する共生の読みと定義する。そのため、この小論では、トーマス・マン(1875-1955)、魯迅(1881-1936)、森鴎外(1862-1922)の執筆脳に関する私の著作を先行研究にする。また、これらの著作の中では、それぞれの作家の執筆脳として文体を取り上げ、とりわけ問題解決の場面を分析の対象にしている。さらに、マクロの分析について地球規模とフォーマットのシフトを意識してナディン・ゴーディマ(1923-2014)を加えると、“The Late Bourgeois World”執筆時の脳の活動が意欲と組になることを先行研究に入れておく。
     筆者の持ち場が言語学のため、購読脳の分析の際に、何かしらの言語分析を試みている。例えば、トーマス・マンには構文分析があり、魯迅にはことばの比較がある。そのため、全集の分析に拘る文学の研究者とは、分析のストーリーに違いがある。言語の研究者であれば、全集の中から一つだけシナジーのメタファーのために作品を選び、その理由を述べればよい。なお、Lのストーリーについては、人文と理系が交差するため、機械翻訳などで文体の違いを調節するトレーニングが推奨される。
     メゾのデータを束ねて何やら観察で予測が立てば、言語分析や翻訳そして資格に基づくミクロと医学も含めたリスクや観察の社会論からなるマクロとを合わせて、広義の意味でシナジーのメタファーが作られる。

    花村嘉英(2020)「遠藤周作の『あの世で』の執筆脳について」より

  • 有吉佐和子の「華岡青州の妻」で執筆脳を考える8

    4 まとめ

     有吉佐和子の執筆時の脳の活動を調べるために、まず受容と共生からなるLのストーリーを文献により組み立てた。次に、「華岡青州の妻」のLのストーリーをデータベース化して、最後に特定したところを実験で確認した。そのため、テキスト共生によるシナジーのメタファーについては、一応の研究成果が得られている。
     この種の実験をおよそ100人の作家で試みている。その際、日本人と外国人60人対40人、男女比4対1、ノーベル賞作家30人を目安に対照言語が独日であることから非英語の比較を意識してできるだけ日本語以外で英語が突出しないように心掛けている。 

    参考文献

    有吉佐和子 華岡青州の妻(解説 和歌森太郎) 新潮文庫 2010
    日本成人病予防協会 健康管理士一般指導員受験対策講座テキスト3 ヘルスケア出版 2014
    花村嘉英 計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?  新風社 2005
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社 2015
    花村嘉英 日语教育计划书-面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用 日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで 南京東南大学出版社 2017
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社 2018
    花村嘉英 シナジーのメタファーの作り方-トーマス・マン、魯迅、森鴎外、ナディン・ゴーディマ、井上靖 中国日語教学研究会上海分会論文集 2018 
    花村嘉英 川端康成の「雪国」に見る執筆脳について-「無と創造」から「目的達成型の認知発達」へ 中国日語教学研究会上海分会論文集 2019
    花村嘉英 社会学の観点からマクロの文学を考察する-危機管理者としての作家について 中国日語教学研究会上海分会論文集 2020

  • 有吉佐和子の「華岡青州の妻」で執筆脳を考える7

    表3 情報の認知

    A 表2と同じ。 情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 2
    B 表2と同じ。 情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 2
    C 表2と同じ。 情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 2
    D 表2と同じ。 情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 1
    E 表2と同じ。 情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 1

    A:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    B:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    C:情報の認知1は③条件反射、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    D:情報の認知1は③条件反射、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①問題解決から推論へである。
    E:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①問題解決から推論へである。

    結果
     
     有吉佐和子は、この場面で青洲の麻酔薬の開発に身を捧げた加恵の毒薬による失明とそれにもかかわらず懐妊したことを同時に伝えようとしている。於継は、青洲の世継ぎに養子を取るつもりでいた。そのため、「女心の葛藤と外科医術の開拓」と「衝突と達成」という組が相互に作用する。

    花村嘉英(2020)「有吉佐和子の『華岡青州の妻』の執筆脳について」より

  • 有吉佐和子の「華岡青州の妻」で執筆脳を考える6

    【連想分析2】

    情報の認知1(感覚情報)  
     感覚器官からの情報に注目することから、対象の捉え方が問題になる。また、記憶に基づく感情は、扁桃体と関係しているため、条件反射で無意識に素振りに出てしまう。このプロセルのカラムの特徴は、①ベースとプロファイル、②グループ化、③条件反射である。
     
    情報の認知2(記憶と学習)  
     外部からの情報を既存の知識構造へ組み込む。この新しい知識はスキーマと呼ばれ、既存の情報と共通する特徴を持っている。未知の情報は、またカテゴリー化される。このプロセスは、経験を通した学習になる。このプロセルのカラムの特徴は、①旧情報、②新情報である。

    情報の認知3(計画、問題解決、推論)  
     受け取った情報は、計画を立てるプロセスでも役に立つ。その際、目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。しかし、獲得した情報が完全でない場合は、推論が必要になる。このプロセルのカラムの特徴は、①計画から問題解決へ、②問題未解決から推論へである。

    花村嘉英(2020)「有吉佐和子の『華岡青州の妻』の執筆脳について」より

  • 有吉佐和子の「華岡青州の妻」で執筆脳を考える5

    分析例

    1 加恵が毒薬で失明するも懐妊もする場面。   
    2 この小論では、「華岡青州の妻」の購読脳を「女心の葛藤と外科医術の開拓」と考えているため、意味3の思考の流れ、葛藤のありなしに注目する。
    3 意味1①視覚②聴覚③味覚④嗅覚⑤触覚 、意味2 ①喜②怒③哀④楽、意味3葛藤①あり②なし、意味4振舞い ①直示②隠喩③記事なし   
    4 人工知能 ①衝突、②達成 

    テキスト共生の公式

    ステップ1:意味1、2、3、4を合わせて解析の組「女心の葛藤と外科医術の開拓」を作る。
    ステップ2:女心の葛藤と麻酔剤の開発から「衝突と達成」という組を作り、解析の組と合わせる。  

    A:①視覚+③哀+①葛藤あり+①直示という解析の組を、②衝突なし②達成なしという組と合わせる。
    B:①視覚+③哀+①葛藤あり+②隠喩という解析の組を、②衝突なし②達成なしという組と合わせる。
    C:①視覚+③哀+①葛藤あり+②隠喩という解析の組を、②衝突なし②達成なしという組と合わせる。 
    D:①視覚+③哀+①葛藤あり+①直示という解析の組を、②衝突なし①達成ありという組と合わせる。
    E:①視覚+①喜+②葛藤なし+①直示という解析の組を、①衝突あり①達成ありという組と合わせる。

    結果  表2については、テキスト共生の公式が適用される。

    花村嘉英(2020)「有吉佐和子の『華岡青州の妻』の執筆脳について」より

  • 有吉佐和子の「華岡青州の妻」で執筆脳を考える4

    【連想分析1
    表2 受容と共生のイメージ合わせ

    加恵の失明と懐妊

    A 青洲の大きな目が剥き出したようになって妻の目を凝視していた。潤んだ眼をしばたたきながら加恵は真昼の明るい部屋の中で、青洲の顔も見えないようであった。「加恵」青洲は妻を抱くと、静かに蒲団に横たえた。「痛むか」「いいえ、先刻ほどには」「そうか」
    意味1 1、意味2 3、意味3 1、意味4 1、衝突2、達成2

    B 青洲は加恵の瞼に指をあててなんの反応も見せない瞳孔を仔細にあらため見ながら、次第に表情を曇らせていった。麻酔薬の実験成果の喜びは萎えて、彼の心はよやく医者から夫に戻ろうとしていた。加恵にはもう見えなかったが、青洲の喉仏の横にある例の大きな黒子は、懸命に何かをこらえている内心を示すように激しく揺れ動いていた。 意味1 1、意味2 3、意味3 1、意味4 2、衝突2、達成2

    C 目の奥の痛みは日がたつにつれて薄れていったが、目やにも止まった頃には、加恵は完全に盲目になっていた。青洲のそれを見つめている悲嘆は誰の目にも痛々しかった。そして於継が朽木の倒れるような斃れかたをしたときも、彼の心を瞬間も加恵から離すことはなかった。 
    意味1 1、意味2 3、意味3 1、意味4 2、衝突2、達成2

    D 盲目の加恵はもはや姑の看病はできなかったし、魂がぬけたように甚だしく老いた於継の姿もみることはなかった。薬草畠も霜で凍るような夜、於継が息をひきとったとき、加恵は米次郎に手をひかれて姑の臨終に侍したが、静かに合掌しながらも、しきりにと胸から喉へ突き上げてくる不快なおく気の方に気をとられていた。 意味1 1、意味2 3、意味3 1、意味4 1、衝突2、達成1

    E 十幾年ぶりかで加恵は妊っていたのであったが、於継はそれを知らずに死んだ。彼女が青洲の養子にするようにといっていた良平は京都に遊学中であったから、枕元には青洲夫婦と小陸がいたばかりである。
    意味1 1、意味2 1、意味3 2、意味4 1、衝突1、達成1

    花村嘉英(2020)「有吉佐和子の『華岡青州の妻』の執筆脳について」より

  • 有吉佐和子の「華岡青州の妻」で執筆脳を考える3

    3 データベースの作成・分析

     データベースの作成法について説明する。エクセルのデータについては、列の前半(文法1から意味5)が構文や意味の解析データ、後半(医学情報から人工知能)が理系に寄せる生成のデータである。一応、L(受容と共生)を反映している。データベースの数字は、登場人物を動かしながら考えている。
     こうしたデータベースを作る場合、共生のカラムの設定が難しい。受容は、それぞれの言語ごとに構文と意味を解析し、何かの組を作ればよい。しかし、共生は、作家の知的財産に基づいた脳の活動が問題になるため、作家ごとにカラムが変わる。

    【データベースの作成】

    表1 「華岡青州の妻」のデータベースのカラム

    文法1 名詞の格 有吉佐和子の助詞の使い方を考える。
    文法2 ヴォイス 能動、受動、使役。
    文法3 テンス、アスペクト 現在、過去、未来、進行形、完了形。
    文法4 モダリティ 可能、推量、義務、必然。
    意味1  五感 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。
    意味2 喜怒哀楽 喜びや怒り。
    意味3 葛藤 精神内部で異なる方向の力同士が衝突する。
    意味4 振舞い ジェスチャー、身振り。直示と隠喩を考える。
    医学情報 病跡学との接点 受容と共生の共有点。構文や意味の解析から得た組「女心の葛藤と外科医術の開拓」と病跡学でリンクを張るためにメディカル情報を入れる。
    記憶 短期、作業記憶、長期(陳述と非陳述) 作品から読み取れる記憶を拾う。長期記憶は陳述と非陳述に分類される。
    情報の認知1 感覚情報の捉え方 感覚器官からの情報に注目するため、対象の捉え方が問題になる。例えば、ベースとプロファイルやグループ化または条件反射。
    情報の認知2 記憶と学習 外部からの情報を既存の知識構造に組み込む。その際、未知の情報についてはカテゴリー化する。学習につながるため。記憶の型として、短期、作業記憶、長期(陳述と非陳述)を考える。
    情報の認知3 計画、問題解決、推論 受け取った情報は、計画を立てるときにも役に立つ。目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。獲得した情報が完全でない場合、推論が必要になる。
    人工知能 衝突 エキスパートシステム 主張や意見が対立すること。反目すること。
    人工知能 達成 エキスパートシステム 目的に達し成功すること。

    花村嘉英(2020)「有吉佐和子の『華岡青州の妻』の執筆脳について」より

  • 有吉佐和子の「華岡青州の妻」で執筆脳を考える2

    2 「華岡青州の妻」のLのストーリー

     世界初の全身麻酔による乳癌手術の成功者華岡青洲(1760-1835)は、当時でいう先端を行く外科医として乳癌の手術の方法を探していた。京都帰りの25歳のときには、曼荼羅華を主成分とする麻酔剤が研究テーマであった。
     青洲の妻加恵は、封建社会の家を重んずる姑と敵対関係にあり、和歌森(2010)にいわせると、家と女の関わりは、今も昔も特別といえる。歴史に名高い医者の家でも女心の葛藤は、有吉佐和子(1931-1984)をして小説の題材になった。そのため、購読脳は、「女心の葛藤と外科医術の開拓」にする。
     作品の中では、精神内部で異なる方向の力同士が衝突している。衝突しながらも、小姑お勝が乳癌になってから、青洲の麻酔薬作りは人体実験の段階に入り、姑と嫁の争いが頂点に達する。青州は、最初母に麻酔剤を試してみる。しかし、母は、薬の完成を早呑み込みしたため、青洲も内心忸怩たるものがあった。 
     加恵の献身は、自身を実験台として麻酔剤を生産させたことである。青洲は、曼荼羅華の花や種を多量にし、猛毒の草烏頭も調合した。於継に飲ませた量とは比べものにならない。加恵の場合、三日二晩寝続け、目が覚めてから健康状態に戻るまで半月かかった。しかし、辛いとは思わなかった。そして通仙散が誕生した。無論、青州の達成感も格別であった。
     息子も出産し、麻酔剤も成就させ、加恵は、盲目になるも達成感のある晩年を過ごす。そこで、執筆脳は「衝突と達成」にする。また、購読脳と執筆脳をマージしたシナジーのメタファーは、「有吉佐和子と葛藤」である。

    花村嘉英(2020)「有吉佐和子の『華岡青州の妻』の執筆脳について」より