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  • 島崎藤村の「千曲川のスケッチ」で執筆脳を考える-自然や文化の観察者の立場から5

    「千曲川のスケッチ」の原案を作成しながら、文章や散文の中で、例えば、雲について画家の写生と同じようなスタディに取り組んだ。そのため、全体的に当時の現実をリアルに伝える文体になっており、読者に信頼される友人となるような本である。そのため、自然主義のメンバーであり、想像力を重視した国木田独歩の「武蔵野」(1898)に比べて、「千曲川のスケッチ」は、より近代的といわれている。
     「千曲川のスケッチ」の奥書に説明がある言文一致について一言述べる。明治の新しい文学と言文一致の試みは、流れを見ると強いつながりがある。当時の文学関係者の多くがイギリス文学を目指していたころ、森鴎外は、留学先のドイツから19世紀なるものを感じ取り帰国したため、言文一致で見ると、採用するのに躊躇いがあり、歴史小説に見る転換期を待って口語体を採用した。一方、イギリス留学を経験している夏目漱石は、言文一致にあまり抵抗を感じなかった。
     文学の根底に横たわる基礎工事は、島崎藤村に言わせると、徳川時代の徘徊や浄瑠璃の作者が平談俗語を駆使し、言葉の世界に新しい光を放ったこと、国語学者が万葉集や古事記などから古い言葉の世界を今一度明るくしたことが挙げられる。そのため、藤村がスケッチを作る傍ら、口語体による言文一致の研究に向かった理由は、長い年月を経て熟慮した結果といえる。

    花村嘉英(2020)「島崎藤村の『千曲川のスケッチ』の執筆脳について-自然や文化の観察者の立場から」より

  • 島崎藤村の「千曲川のスケッチ」で執筆脳を考える-自然や文化の観察者の立場から4

    3 言文一致の研究-文体の確立を目指して

     島崎藤村は、長野県木曽郡山口に生まれ、学問を東京の明治学院で修めた後、詩人、小説家として活躍した自然主義を代表する作家である。小説に先んじて詩集「若菜集」(1897)などを発表し、1899年(M32)4月に赴任した信州・小諸での研究成果として写生文「千曲川のスケッチ」を書いた。因みに藤村は、木曽川の畔で生まれたため、川に寄せる詩も多い。
     平野(2004)によると、「千曲川のスケッチ」は、吉村樹に語りかける形式で書かれ、赴任してからの一年で小諸の自然を季節と共に観察し写生した。その間に詩から散文へ創作の対象を動かして自身の文体を確立する。無論、藤村の文体は、何度も修正を繰り返し整理されたものであり、一枚の絵を説明するように口語文で読者の五感に語りかける。

    花村嘉英(2020)「島崎藤村の『千曲川のスケッチ』の執筆脳について-自然や文化の観察者の立場から」より

  • 島崎藤村の「千曲川のスケッチ」で執筆脳を考える-自然や文化の観察者の立場から3

     例えば、「おくめ」という架空の女が河を泳いで恋人のもとに通う心情を詠い、積極的で能動的に男を愛し、心身ともに恋の炎に焦がされる激しい女の情熱が形象化されている。こうした境遇が藤村の同情をかい、苦渋の時代を経験した作者が他人事ならぬと共感した理由である。男性の立場では雑念が入り混じり解決が難しかった。
     流離漂白は、現実から一歩引いて静かにものを眺めることで八方塞がりの境遇からの救済を目指している。現実を棄てて風雅の道を極めた先駆者らに追従する決意が窺える。芸術家島崎藤村の誕生であり、確立であった。そして苦渋の冬を越え、春の訪れ、生の曙が熱い思いを持って待たれた。
     「若菜集」の後も詩を書き続ける。叙情を好む藤村は、生の戦いや労働の讃歌を詩作する。しかし、厳格な規則がある雅語や単調な韻律で長編を歌うことに無理があるときには、緊張したアイディアの対立を描くのが難しいと感じるようになる。
     しかし、叙情詩では扱いきれない広くて大きな人生のテーマを処理するために、藤村は、写生によるスタディを通して小説を書いていく。1899年(M32)、信州の私塾小諸義塾に教師として赴任する。山室(1983)によれば、生活や思想に行き詰まると旅に出て転機をはかり、都会の煩わしさを避けて生活を新鮮にし、生命を新たにしようと考えた。

    花村嘉英(2020)「島崎藤村の『千曲川のスケッチ』の執筆脳について-自然や文化の観察者の立場から」より

  • 島崎藤村の「千曲川のスケッチ」で執筆脳を考える-自然や文化の観察者の立場から2

    2 詩から散文へ

     先行詩集「若菜集」が1887年(M30)8月に出版された。仙台に移った前年9月から半年ほどの間に作られている。「若菜集」を貫く島崎藤村(1874-1943)の思いを、「藤村詩集」の中では、恋愛賛美による生の曙を待つ思いと満たされぬゆえの歎きと流離漂白としている。こうした思いをバランスよく両立させながら、熱い情熱を苦い経験とともに誇りを持って守り続けた。 
     七五の韻律を踏み、流麗典雅な詩にまとめ、女性に身を変えて歌ってもいる。山室(1983)は、その理由を次のように解説している。異性への関心は勿論であり、当時の女性が厳しい家長制度で管理され、自由はなく受身の生涯を送っていたため、心の扉を僅かに開くのは、恋愛の喜びのときとした。藤村文学の重要な主題として、「こひには親も捨てはてて、親にも背く」ことが挙げられる。

    花村嘉英(2020)「島崎藤村の『千曲川のスケッチ』の執筆脳について-自然や文化の観察者の立場から」より

  • 島崎藤村の「千曲川のスケッチ」で執筆脳を考える-自然や文化の観察者の立場から1

    1 先行研究 

     文学分析は、通常、読者による購読脳が問題になる。一方、シナジーのメタファーは、作家の執筆脳を研究するためのマクロに通じる分析方法である。基本のパターンは、まず縦が購読脳で横が執筆脳になるLのイメージを作り、次に、各場面をLに読みながらデータベースを作成し全体を組の集合体にする。そして最後に、双方の脳の活動をマージするために、脳内の信号のパスを探す、若しくは、脳のエリアの機能を探す。これがミクロとマクロの中間にあるメゾのデータとなり、狭義の意味でシナジーのメタファーが作られる。この段階では、副専攻を増やすことが重要である。 
     執筆脳は、作者が自身で書いているという事実及び作者がメインで伝えようと思っていることに対する定番の読み及びそれに対する共生の読みと定義する。そのため、この小論では、トーマス・マン(1875-1955)、魯迅(1881-1936)、森鴎外(1862-1922)の執筆脳に関する私の著作を先行研究にする。また、これらの著作の中では、それぞれの作家の執筆脳として文体を取り上げ、とりわけ問題解決の場面を分析の対象にしている。さらに、マクロの分析について地球規模とフォーマットのシフトを意識してナディン・ゴーディマ(1923-2014)を加えると、“The Late Bourgeois World”執筆時の脳の活動が意欲と組になることを先行研究に入れておく。
     筆者の持ち場が言語学のため、購読脳の分析の際に、何かしらの言語分析を試みている。例えば、トーマス・マンには構文分析があり、魯迅にはことばの比較がある。そのため、全集の分析に拘る文学の研究者とは、分析のストーリーに違いがある。文学の研究者であれば、全集の中から一つだけシナジーのメタファーのために作品を選び、その理由を述べればよい。なお、Lのストーリーについては、人文と理系が交差するため、機械翻訳などで文体の違いを調節するトレーニングが推奨される。
     メゾのデータを束ねて何やらリスクの予測が立てば、言語分析や翻訳そして検定に基づくミクロと医学も含めたリスクや観察の社会論からなるマクロとを合わせて、広義の意味でシナジーのメタファーが作られる。

    花村嘉英(2020)「島崎藤村の『千曲川のスケッチ』の執筆脳について-自然や文化の観察者の立場から」より

  • 遠藤周作の「あの世で」で執筆脳を考える8

    4 まとめ

     遠藤周作の執筆時の脳の活動を調べるために、まず受容と共生からなるLのストーリーを文献により組み立てた。次に、「あの世で」のLのストーリーをデータベース化し、最後に特定したところを実験で確認した。そのため、テキスト共生によるシナジーのメタファーについては、一応の研究成果が得られている。
     この種の実験をおよそ100人の作家で試みている。その際、日本人と外国人60人対40人、男女比4対1、ノーベル賞作家30人を目安に対照言語が独日であることから非英語の比較を意識してできるだけ日本語以外で英語が突出しないように心掛けている。 

    参考文献

    遠藤周作 無鹿(解説 高橋千劔破) 文春文庫 2000
    日本成人病予防協会 健康管理士一般指導員受験対策講座テキスト3 ヘルスケア出版 2014
    花村嘉英 計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか? 新風社 2005
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社 2015
    花村嘉英 日语教育计划书-面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用 日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで 南京東南大学出版社 2017
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社 2018
    花村嘉英 シナジーのメタファーの作り方-トーマス・マン、魯迅、森鴎外、ナディン・ゴーディマ、井上靖 中国日語教学研究会上海分会論文集 2018 
    花村嘉英 川端康成の「雪国」に見る執筆脳について-「無と創造」から「目的達成型の認知発達」へ 中国日語教学研究会上海分会論文集 2019
    花村嘉英 社会学の観点からマクロの文学を考察する-危機管理者としての作家について 中国日語教学研究会上海分会論文集 2020
    エリザベス・キューブラー・ロス Wikipedia 

  • 遠藤周作の「あの世で」で執筆脳を考える7

    表3 情報の認知

    A 表2と同じ。 情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 1
    B 表2と同じ。 情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 1
    C 表2と同じ。 情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 2
    D 表2と同じ。 情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 1
    E 表2と同じ。 情報の認知1 3、情報の認知2 1、情報の認知3 1

    A:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。
    B:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。
    C:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    D:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。
    E:情報の認知1は③条件反射、情報の認知2は①旧情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。

    結果  
     
     遠藤周作は、この場面でキューブラー・ロス博士の話と照合しながら、天尾真知子の臨死体験の告白を聞いている。そして、肉体は機能を失っても意識は活動を続けるとしながらも、真知子の話に新事実を認めるため、「魂と心の繋がり」と「リンクと隙間」という組が相互に作用する。  

    花村嘉英(2020)「遠藤周作の『あの世で』の執筆脳について」より

  • 遠藤周作の「あの世で」で執筆脳を考える6

    【連想分析2】

    情報の認知1(感覚情報)  
     感覚器官からの情報に注目することから、対象の捉え方が問題になる。また、記憶に基づく感情は、扁桃体と関係しているため、条件反射で無意識に素振りに出てしまう。このプロセルのカラムの特徴は、①ベースとプロファイル、②グループ化、③条件反射である。
     
    情報の認知2(記憶と学習)  
     外部からの情報を既存の知識構造へ組み込む。この新しい知識はスキーマと呼ばれ、既存の情報と共通する特徴を持っている。未知の情報は、またカテゴリー化される。このプロセスは、経験を通した学習になる。このプロセルのカラムの特徴は、①旧情報、②新情報である。

    情報の認知3(計画、問題解決、推論)  
     受け取った情報は、計画を立てるプロセスでも役に立つ。その際、目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。しかし、獲得した情報が完全でない場合は、推論が必要になる。このプロセルのカラムの特徴は、①計画から問題解決へ、②問題未解決から推論へである。

    花村嘉英(2020)「遠藤周作の『あの世で』の執筆脳について」より

  • 遠藤周作の「あの世で」で執筆脳を考える5

    分析例

    1 遠藤周作が天尾真知子の話を聞く場面。
    2 この小論では、「あの世で」の購読脳を「魂と心の繋がり」と考えているため、意味3の思考の流れ、リンクを張る表現に注目する。
    3 意味1①視覚②聴覚③味覚④嗅覚⑤触覚 、意味2 ①喜②怒③哀④楽、意味3リンク①あり②なし、意味4振舞い ①直示②隠喩③記事なし
    4 人工知能 ①リンク、②隙間    
     
    テキスト共生の公式  

    ステップ1:意味1、2、3、4を合わせて解析の組「魂と心の繋がり」を作る。
    ステップ2:心の繋がりは、リンクを張ることに通じるため「リンクと隙間」という組を作り、解析の組と合わせる。   

    A:①視覚+①喜+①リンクあり+②隠喩という解析の組を、①リンク+②隙間という組と合わせる。
    B:②聴覚+④楽+①リンクあり+①直示という解析の組を、①リンク+②隙間という組と合わせる。
    C:①視覚+④楽+①リンクあり+①直示という解析の組を、①リンク+②隙間という組と合わせる。 
    D:①視覚+④楽+①リンクあり+①直示という解析の組を、①リンク+②隙間という組と合わせる。
    E:①視覚+④楽+①リンクあり+①直示という解析の組を、①リンク+②隙間という組と合わせる。  

    結果  表2については、テキスト共生の公式が適用される。

    花村嘉英(2020)「遠藤周作の『あの世で』の執筆脳について」より

  • 遠藤周作の「あの世で」で執筆脳を考える4

    【連想分析1】

    表2 受容と共生のイメージ合わせ

    作者が天尾真知子の話を聞く場面

    A 「先生、こんな話、信じてくれないでしょう」「と彼女はコップの水を一口、飲んで私にたずねた。」「信じますよいや、本気で言っているんだ。信じますよ」「本当ですか、わたくし、今まで誰もが、-兄まで信じてくれないので誰にも教えないことにしていたんです。でも、なぜ、先生は信じてくださるのですか」
    意味1 1、意味2 1、意味3 1、意味4 2、人工知能 2

    B キューブラー・ロス博士は、自分の遺体をみたと同じように、意識を失っている間、自分より先だった両親(特に母)や兄弟や配偶者たちの存在を非常に感じた蘇生者が多いことを報告している。私は真知子の話を聞きながら、何から何までがロス博士の話通リだと思った。
    意味1 2、意味2 4、意味3 1、意味4 1、人工知能 1

    C  今、眼前に臨死体験者の一人である天尾真知子が座っている。フォークでサラダを口に運んでいる。彼女はもちろん、私が心のなかで彼女の話とキューブラー・ロス博士の講演とを照合しているなど夢にも考えていない。おそらく、この娘はロスの名前さえしらないだろう。
    意味1 1、意味2 4、意味3 1、意味4 1、人工知能 1

    D それだけに、私は彼女の告白を心から信じた。「お祖母ちゃまはいきていた時、わたくしにこう言ったことがあるんです。おまえのことはお祖母ちゃまが何時も守ってあげるからねって」「その約束通リのことをしてくださったんだ」「そうです。だからわたくし、今ではもらったこの人生を大事にしようと考えているんです」「お祖母ちゃまのお写真にお茶を毎日、さしあげるといい」
    意味1 1、意味2 4、意味3 1、意味4 1、人工知能 1

    E なぜそんな古臭いことを口に出したのか自分ではわからない。しかし私は本気でそんなことを彼女に奨めたのだ。その後-、いや、その後といっては嘘になる。彼女の話を思い出すたび、私は我々の人生に続くもう一つの世界のあることをさらに確信していくようになった。
    意味1 1、意味2 4、意味3 1、意味4 1、人工知能 1

    花村嘉英(2020)「遠藤周作の『あの世で』の執筆脳について」より