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  • 水上勉の「海の牙」で執筆脳を考える2

    2 「海の牙」の五感によるLのストーリー  

     水上勉(1919-2004)の「海の牙」(1960)の執筆は、NHKのニュースを見ていて水俣病という奇病が熊本県水俣市で発生し、49人が死亡したと報道されたことがきっかけである。原因については、新日本窒素工業の工場から放出された廃液の中に含まれている水銀が有力であった。しかし、工場側も政府もそう確定しなかった。
     水上勉は、直ちに水俣市に向かい、約二週間で患者の家族、医者、工場関係者、県衛生部などを取材した。現地で患者の話を聞き、百間湾の土管を見て、この土管に面している部落だけに奇病が発生し、土管の口が閉じている他の地域には病人がいなかった。そのため、水上は、その土管が犯人であるという結論に達した。
    取材を終えて書き出した「海の牙」は、ミステリーの形式を取った。謎めいたストーリーが読者の目を引き付ける。現実にあった事件をフィクション仕立ての犯罪と絡めてドラマ化する書き手の技は、一級品である。
     山村(1998)によると、水上勉は、恨み辛みを抱いたら、憎悪や怒りはいくつになっても燃焼させることをモットーにしたという。つまり、水上の文体は、怨念がやる気の源で、暗い独特の雰囲気作りや粘着性の強さが特徴といえる。
     水上の資質とは、「才能よりも情熱の度合い」とする作家人生であろうか。私の座右の銘としたい。
    「海の牙」を読めば、誰もが「奇病とミステリー」を出力に選ぶ。購読脳の組み合せが、共生の読みの入力となって横にスライドし、執筆脳として「不可思議と絡み」という組を考える。内容が取材に基づくミステリーのため、考えても奥底がなかなか掴めない絡みとの連鎖があり、シナジーのメタファーは、「水上勉と不可思議」という組み合わせにする。  

    花村嘉英(2020)「水上勉の『海の牙』の購読脳について」より

  • 水上勉の「海の牙」で執筆脳を考える1

    1 先行研究

     文学分析は、通常、読者による購読脳が問題になる。一方、シナジーのメタファーは、作家の執筆脳を研究するためのマクロに通じる分析方法である。基本のパターンは、まず縦が購読脳で横が執筆脳になるLのイメージを作り、次に、各場面をLに読みながらデータベースを作成し、全体を組の集合体にする。そして最後に、双方の脳の活動をマージするために、脳内の信号のパスを探す、若しくは、脳のエリアの機能を探す。これがミクロとマクロの中間にあるメゾのデータとなり、狭義の意味でシナジーのメタファーが作られる。この段階では、副専攻を増やすことが重要である。 
     執筆脳は、作者が自身で書いているという事実及び作者がメインで伝えようと思っていることに対する定番の読み及びそれに対する共生の読みと定義する。そのため、この小論では、トーマス・マン(1875-1955)、魯迅(1881-1936)、森鴎外(1862-1922)の執筆脳に関する私の著作を先行研究にする。また、これらの著作の中では、それぞれの作家の執筆脳として文体を取り上げ、とりわけ問題解決の場面を分析の対象にしている。さらに、マクロの分析について地球規模とフォーマットのシフトを意識してナディン・ゴーディマ(1923-2014)を加えると、“The Late Bourgeois World”執筆時の脳の活動が意欲と組になることを先行研究に入れておく。
     筆者の持ち場が言語学のため、購読脳の分析の際に、何かしらの言語分析を試みている。例えば、トーマス・マンには構文分析があり、魯迅にはことばの比較がある。そのため、全集の分析に拘る文学の研究者とは、分析のストーリーに違いがある。文学の研究者であれば、全集の中から一つだけシナジーのメタファーのために作品を選び、その理由を述べればよい。なお、Lのストーリーについては、人文と理系が交差するため、機械翻訳などで文体の違いを調節するトレーニングが推奨される。
     メゾのデータを束ねて何やら予測が立てば、言語分析や翻訳そして資格に基づくミクロと医学も含めたリスクや観察の社会論からなるマクロとを合わせて、広義の意味でシナジーのメタファーが作られる。

    花村嘉英(2020)「水上勉の『海の牙』の購読脳について」より

  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える8

    4 まとめ

     泉鏡花の執筆時の脳の活動を調べるために、まず受容と共生からなるLのストーリーを文献により組み立てた。次に、「外科室」のLのストーリーをデータベース化し、最後に特定したところを実験で確認した。そのため、テキスト共生によるシナジーのメタファーについては、一応の研究成果が得られている。
     この種の実験をおよそ100人の作家で試みがある。その際、日本人と外国人60人対40人、男女比4対1、ノーベル賞作家30人を目安に対照言語が独日であることから非英語の比較を意識してできるだけ日本語以外で英語が突出しないように心掛けている。 

    参考文献

    日本成人病予防協会 健康管理士一般指導員受験対策講座テキスト3 ヘルスケア出版 2014
    花村嘉英 計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか? 新風社 2005
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社 2015
    花村嘉英 日语教育计划书-面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用 日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで 南京東南大学出版社 2017
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社 2018
    花村嘉英 シナジーのメタファーの作り方-トーマス・マン、魯迅、森鴎外、ナディン・ゴーディマ、井上靖 中国日語教学研究会上海分会論文集 2018 
    花村嘉英 川端康成の「雪国」に見る執筆脳について-「無と創造」から「目的達成型の認知発達」へ 中国日語教学研究会上海分会論文集 2019
    花村嘉英 社会学の観点からマクロの文学を考察する-危機管理者としての作家について 中国日語教学研究会上海分会論文集 2020
    泉鏡花 外科室(解説 川村二郎)岩波文庫 1991 

  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える7

    表3 情報の認知

    A 表2と同じ。 情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 2
    B 表2と同じ。 情報の認知1 3、情報の認知2 1、情報の認知3 2
    C 表2と同じ。 情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 1
    D 表2と同じ。 情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 2
    E 表2と同じ。 情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 1

    A:情報の認知1は③条件反射、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    B:情報の認知1は③条件反射、情報の認知2は①旧情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    C:情報の認知1は③条件反射、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。
    D:情報の認知1は③条件反射、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    E:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。

    結果
     
     高峰と伯爵夫人は、この場面で医師と患者という立場ではあるが、かつての一瞬の思いを手術室で確かめている。そして、手術中の苦痛を伴う二人のやり取りに光を当てているため、「極端と瞬間」と「ニューラルとエキスパート」という組が相互に作用する。  

    花村嘉英(2020)「泉鏡花の『外科室』の執筆脳について」より

  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える6

    【連想分析2】

    情報の認知1(感覚情報)  
     感覚器官からの情報に注目することから、対象の捉え方が問題になる。また、記憶に基づく感情は、扁桃体と関係しているため、条件反射で無意識に素振りに出てしまう。このプロセルのカラムの特徴は、①ベースとプロファイル、②グループ化、③条件反射である。
     
    情報の認知2(記憶と学習)  
     外部からの情報を既存の知識構造へ組み込む。この新しい知識はスキーマと呼ばれ、既存の情報と共通する特徴を持っている。未知の情報は、またカテゴリー化される。このプロセスは、経験を通した学習になる。このプロセルのカラムの特徴は、①旧情報、②新情報である。

    情報の認知3(計画、問題解決、推論)  
     受け取った情報は、計画を立てるプロセスでも役に立つ。その際、目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。しかし、獲得した情報が完全でない場合は、推論が必要になる。このプロセルのカラムの特徴は、①計画から問題解決へ、②問題未解決から推論へである。

    花村嘉英(2020)「泉鏡花の『外科室』の執筆脳について」より

  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える5

    分析例

    1 医師と患者という立場ではあるが、昔の思いを手術室で確かめる場面。
    2 この小論では、「外科室」の購読脳を「極端と瞬間」と考えているため、意味3の思考の流れ、極端な表現に注目する。
    3 意味1①視覚②聴覚③味覚④嗅覚⑤触覚 、意味2 ①喜②怒③哀④楽、意味3極端①あり②なし、意味4振舞い ①直示②隠喩③記事なし
    4 人工知能 ①ニューラル、②エキスパート   
     
    テキスト共生の公式  

    ステップ1:意味1、2、3、4を合わせて解析の組「極端と瞬間」を作る。
    ステップ2:瞬間は、ロジックでいうニューラルに通じることから「ニューラルとエキスパート」という組を作り、解析の組と合わせる。  

    A:⑤触覚+③哀+①極端あり+①直示という解析の組を、①ニューラル+②エキスパートという組と合わせる。
    B:⑤触覚+③哀+②なし+①直示という解析の組を、①ニューラル+②エキスパートという組と合わせる。
    C:②怒+②聴覚+①極端あり+①直示という解析の組を、①ニューラル+②エキスパートという組と合わせる。 
    D:②怒+②聴覚+①極端あり+①直示という解析の組を、①ニューラル+②エキスパートという組と合わせる。
    E:②怒+①視覚+①極端あり+①隠喩という解析の組を、①ニューラル+②エキスパートという組と合わせる。

    結果  表2については、テキスト共生の公式が適用される。

    花村嘉英(2020)「泉鏡花の『外科室』の執筆脳について」より

  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える4

    【連想分析1】

    表2 受容と共生のイメージ合わせ

    手術室で互いを確かめる

    A  三秒にして渠が手術は、ハヤその佳境に進みつつ、メス骨に達すと覚しきとき、「あ」と深刻なる声を絞りて、二十日以来寝返りさえもえせずと聞きたる、夫人は俄然器械のごとく、その半身を跳ね起きつつ、刀取れる高峰が右手の腕に両手をしかと取り縋がりぬ。
    意味1 5、意味2 3、意味3 1、意味4 1、人工知能 2

    B 「痛みますか」「いいえ、あなただから、あなただから」
     かく言い懸かけて伯爵夫人は、がっくりと仰向きつつ、凄冷極まりなき最後の眼に、国手をじっと瞻りて、
    「でも、あなたは、あなたは、私を知りますまい!」
    意味1 5、意味2 3、意味3 2、意味4 1、人工知能 1

    C いうとき晩そし、高峰が手にせるメスに片手を添えて、乳の下深く掻き切りぬ。医学士は真蒼になりて戦きつつ、「忘れません」。 意味1 1、意味2 3、意味3 1、意味4 1、人工知能 2

    D その声、その呼吸、その姿、その声、その呼吸、その姿。伯爵夫人はうれしげに、いとあどけなき微笑えみを含みて高峰の手より手をはなし、ばったり、枕に伏すとぞ見えし、脣の色変わりたり。
    意味1 1+5、意味2 1、意味3 1、意味4 1、人工知能 1

    E そのときの二人が状、あたかも二人の身辺には、天なく、地なく、社会なく、全く人なきがごとくなりし。意味1 1、意味2 1、意味3 1、意味4 2、人工知能 1

    花村嘉英(2020)「泉鏡花の『外科室』の執筆脳について」より

  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える3

    3 データベースの作成・分析  

     データベースの作成法について説明する。エクセルのデータについては、列の前半(文法1から意味5)が構文や意味の解析データ、後半(医学情報から人工知能)が理系に寄せる生成のデータである。一応、L(受容と共生)を反映している。データベースの数字は、登場人物を動かしながら考えている。
     こうしたデータベースを作る場合、共生のカラムの設定が難しい。受容は、それぞれの言語ごとに構文と意味を解析し、何かの組を作ればよい。しかし、共生は、作家の知的財産に基づいた脳の活動が問題になるため、作家ごとにカラムが変わる。

    【データベースの作成】

    表1 「外科室」のデータベースのカラム

    文法1  名詞の格 泉鏡花の助詞の使い方を考える。
    文法2 態 能動、受動、使役。
    文法3 時制、相 現在、過去、未来、進行形、完了形。
    文法4 様相 可能、推量、義務、必然。
    意味1 五感 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。
    意味2 喜怒哀楽 情動との接点。瞬時の思い。
    意味3 思考の流れ 極端、ありなし。
    意味4 振舞い ジェスチャー、身振り。直示と隠喩を考える。
    医学情報 病跡学との接点 受容と共生の共有点。構文や意味の解析から得た組「極端と瞬間」と病跡学でリンクを張るためにメディカル情報を入れる。
    情報の認知1 感覚情報の捉え方 感覚器官からの情報に注目するため、対象の捉え方が問題になる。例えば、ベースとプロファイルやグループ化または条件反射。
    情報の認知2 記憶と学習 外部からの情報を既存の知識構造に組み込む。その際、未知の情報についてはカテゴリー化する。学習につながるため。記憶の型として、短期、作業記憶、長期(陳述と非陳述)を考える。
    情報の認知3 計画、問題解決、推論 受け取った情報は、計画を立てるときにも役に立つ。目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。獲得した情報が完全でない場合、推論が必要になる。
    人工知能 瞬間と専門 エキスパートシステム 瞬間はニューラル、専門はエキスパートである。

    花村嘉英(2020)「泉鏡花の『外科室』の執筆脳について」より

  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える2

    2 Lの分析

     泉鏡花(1873-1939)は幻想文学の先駆者と評される。
     江戸文学の流れを汲む鏡花の初期の作品は、双紙もの同様に極端を好む。鏡花が「外科室」の中で作ったものは、社会の中に見る瞬間の意義である。川村(1991)によると、唐突な場面設定と光を放つ一瞬こそが鏡花の真の狙いであった。極端を極端と思わず、限界まで来て現れる特徴を最も貴重なその人の性質とし、それを鏡花の認識方法と考える。そこで、購読脳を「極端と瞬間」にする。
     瞬間は、ロジックでいうニューラルに通じる。そのため、執筆脳は、「ニューラルとエキスパート」にする。この執筆脳を購読脳の「極端と瞬間」とマージした場合のシナジーのメタファーは、「泉鏡花と瞬間に見る性質」である。

    花村嘉英(2020)「泉鏡花の『外科室』の執筆脳について」より

  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える1

    1 はじめに

     文学分析は、通常、読者による購読脳が問題になる。一方、シナジーのメタファーは、作家の執筆脳を研究するためのマクロに通じる分析方法である。基本のパターンは、まず縦が購読脳で横が執筆脳になるLのイメージを作り、次に、各場面をLに読みながらデータベースを作成し、全体を組の集合体にする。そして最後に、双方の脳の活動をマージするために、脳内の信号のパスを探す、若しくは、脳のエリアの機能を探す。これがミクロとマクロの中間にあるメゾのデータとなり、狭義の意味でシナジーのメタファーが作られる。この段階では、副専攻を増やすことが重要である。 
     執筆脳は、作者が自身で書いているという事実及び作者がメインで伝えようと思っていることに対する定番の読み及びそれに対する共生の読みと定義する。そのため、この小論では、トーマス・マン(1875-1955)、魯迅(1881-1936)、森鴎外(1862-1922)に関する執筆脳に関する私の著作を先行研究にする。また、これらの著作の中では、それぞれの作家の執筆脳として文体を取り上げ、とりわけ問題解決の場面を分析の対象にしている。さらに、マクロの分析について地球規模とフォーマットのシフトを意識してナディン・ゴーディマ(1923-2014)を加えると、“The Late Bourgeois World”執筆時の脳の活動が意欲と組になることを先行研究に入れておく。
     筆者の持ち場が言語学のため、購読脳の分析の際に、何かしらの言語分析を試みている。例えば、トーマス・マンには構文分析があり、魯迅にはことばの比較がある。そのため、全集の分析に拘る文学の研究者とは、分析のストーリーに違いがある。言語の研究者であれば、全集の中から一つだけシナジーのメタファーのために作品を選び、その理由を述べればよい。なお、Lのストーリーについては、人文と理系が交差するため、機械翻訳などで文体の違いを調節するトレーニングが推奨される。
     メゾのデータを束ねて何やら予測が立てば、言語分析や翻訳そして資格に基づくミクロと医学も含めたリスクや観察の社会論からなるマクロとを合わせて、広義の意味でシナジーのメタファーが作られる。

    花村嘉英(2020)「泉鏡花の『外科室』の執筆脳について」より