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  • 三浦綾子の「道ありき」のバラツキについて5

    場面3 綾子の退院

    北大病院を退院して旭川に帰ったわたしは、精密検査の結果を、家人や三浦光世にあらためて報告した。血痰や喀血で、しばしば死の恐怖をわたしに与えた空洞が、いまや完全に治っていること、カリエスも、七年にわたってギプスベッドに忍耐したおかげで、堅実に治っていることをお互いに奇跡と喜び合った。
    A2、B1、C2、D1

    ただ、結核性腹膜炎から婦人科の方が少し冒されているため、引き続いて超短波の療法を、旭川の病院で受けることになった。毎日の通院が、わたしの体を次第に鍛えて行った。十貫足らずだった体重が、いつしか十四貫にまでなっていった。A1、B1、C2、D2

    明けて昭和三十四年の正月である。三浦が一番先に年賀に来てくれた。わたしたちは新年初めての礼拝を、二人で待った。聖書を共に読み、賛美歌を歌い、共に祈った。わたしは彼に尋ねた。「来年のお正月も来て下さるでしょうね。」A1、B1、C2、D2

    あべかわ餅を食べていた彼は、箸をとめ黙って首を横にふった。「まあ!来てくださらないの?」わたしは驚いて彼を見た。彼はおだやかに笑って言った。「来年の正月は、二人でこの家に年賀に来ましょう」「え?二人で?」彼の言葉にわたしはハッとした。何とも言えない喜びが胸にこみあげた。A1、B1、C2、D1

    三浦光世が帰った後、わたしは母に彼の言葉を告げた。夕食の時、母が父に言った。「とうさん、今年はタンスを買わなくてはなりませんよ」「タンスを?どうしてだ」「だって、綾ちゃんがと嫁に行くんですって」「綾子がお嫁に?相手は誰だ、人間か」A1、B1、C2、D1

    花村嘉英(2019)「三浦綾子の『道ありき』から見えてくるバラツキについて」より

  • 三浦綾子の「道ありき」のバラツキについて4

    場面2 前川正の退院

    わたしは、曾つて自分が、自殺を計ったことを思い出した。一人の人間が健康を取り戻すのに、これほどの苦しみを経なければならない。何とももったいないことを考えたのかと、その頃になってやっと自分の愚かさが悔やまれたりするのだった。A2、B2、C1、D2

    彼の二回目の手術が終わった翌朝だった。うつらうつらしているわたしの病室に、彼の母と、弟さんが入って来た。私の所から借りたゴザを返しに来たという。そのゴザは、彼の母が病室に敷いて使うのに、わたしがお貸ししたのだった。A1、B1、C2、D1

    驚いたわたしが、「どうして、もういらないのですか」と聞くと、「正が先ほど亡くなりましたから、もういらなくなったのです」と、おっしゃって、弟さんと二人で、わたしのベッドにつかまって泣かれるのだった。
    A1、B1、C2、D2

    「そんなはずがありません」
    そう叫ぼうおもうのだが、なかなか声にならない。やっと声になったかと思った時、わたしは目をさました。いまのが夢だったとは思えないほど、あまりにありありとしていて、わたしは言いようのない不吉な予感がした。いやな夢を見たというより、いやな幻を見せられたという感じだった。A2、B1、C1、D2

    だが、わたしの夢とは反対に、彼は再び日に日に元気になり、やがて三月の末に退院することになった。彼の父が迎えに来られ、わたしを見舞ってくださった時、わたしは目を真っ赤に泣きはらしていた。大きな手術も無事に終って、元気に反っていくのだから、わたしは誰よりも喜んでいいはずだった。それなのに、なぜかわたしは泣けて仕方がなかった。A1、B1、C2、D1

    花村嘉英(2019)「三浦綾子の『道ありき』から見えてくるバラツキについて」より

  • 三浦綾子の「道ありき」のバラツキについて3

    2 場面のイメージを分析する

    2.1 データの抽出

     作成したデータベースから特性が2つあるカラムを抽出し、標準偏差によるバラツキを調べてみる。例えば、A:五感(1視覚と2それ以外)、B:ジェスチャー(1直示と2隠喩)、C:情報の認知プロセス(1旧情報と2新情報)、D:情報の認知プロセス(1問題解決と2未解決)というように文系と理系のカラムをそれぞれ2つずつ抽出する。

    場面1 求道生活の転機

    言ってみれば、この世で望める限りの幸福を一心に集めていたわけだ。しかし彼は老人を見て、人間の衰えゆく姿を思い、葬式を見て、人の命の有限なることも思った。そしてある夜ひそかに、王宮も王子の地位も、美しい妻も子も棄てて、一人山の中に入ってしまった。A1、B1、C2、D1

    つまり釈迦は、今まで自分が幸福だと思っていたものに、むなしさだけを感じ取ってしまったのであろう。伝導の書といい、釈迦といい、そのそもそもの初めには虚無があったということに、わたしは宗教というものに共通する一つの姿を見た。A1、B1、C2、D1

    わたし自身、敗戦以来すっかり虚無的になっていたから、この発見はわたしに一つの転機をもたらした。
    A1、B2、C2、D1

    虚無は、この世のすべてのものを否定するむなしい考え方であり、ついには自分自身をも否定することになるわけだが、そこまで追いつめられた時に、何かが開けるということを、伝導の書にわたしは感じた。
    A1、B2、C2、D1

    この伝導の書の終わりにあった、「何時の若き日に、何時の造り主をおぼえよ」の一言は、それ故にひどくわたしの心を打った。それ以来私たちの求道生活は、次第にまじめになっていった。
    A1、B2、C2、D1

    花村嘉英(2019)「三浦綾子の『道ありき』から見えてくるバラツキについて」より

  • 三浦綾子の「道ありき」のバラツキについて2

    1.2 標準偏差

     標準偏差は、グループの全ての値によってバラツキを決めていく。グループの個々の値から算術平均がどれだけ離れているのかによって、バラツキの大きさが決まる。
     グループd(1、1、4、7、7)の算術平均は4である。それぞれの値から算術平均を引くと、1-4=-3、1-4=-3、4-4=0、7-4=3、7-4=3となる。この算術平均から離れている大きさを平均してやると、バラツキの目安が求められる。しかし、-3、-3、0、3、3を全部足すと0になるため、さらに工夫が必要になる。
     例えば、絶対値をとる方法とか値を2乗してマイナスの記号を取る方法がある。2乗した場合、9、9、0、9、9となり、平均値を求めると、5で割って7.2となる。但し、元の単位がcmのときに、2乗すればcm2となるため、7.2を開いて元に戻すと、√7.2 cm2≒2.68 cmというバラツキの大きさになる。
     
    (1) 標準偏差の公式
    σ=√Σ (Xi-X)2/n

     次にグループe(1、4、4、4、7)について見てみよう。算術平均は4である。それぞれの値から算術平均を引くと、1-4=-3、4-4=0、4-4=0、4-4=0、7-4=3となる。この算術平均から離れている大きさを平均すると、バラツキの目安が求められる。しかし、-3、0、0、0、3を全部足すと0になるため、それぞれを2乗して、9、0、0、0、9として平均値を求め、5で割って3.6を求める。
     但し、元の単位がcmのときに2乗すれば、cm2となるため、3.6を開いて元に戻すと、√3.6 cm2≒1.90 cmというバラツキの大きさになる。従って、グループdの方がグループeよりもバラつきが大きいことになる。
    以下では、標準偏差(1)の公式を使用して、作成した三浦綾子の「道ありき」のデータに関するバラツキから見えてくる特徴を考察していく。 

    花村嘉英(2019)「三浦綾子の『道ありき』から見えてくるバラツキについて」より

  • 三浦綾子の「道ありき」のバラツキについて1

    1 簡単な統計処理

    1.1 データのバラツキ

     グループa(5、5、5、5、5)とグループb(3、4、5、6、7)とグループc(1、3、5、7、9)は、算術平均がいずれも5であり、また中央値(メジアン)も同様に5である。算術平均やメジアンを代表値としている限り、この3つのグループは差がないことになる。しかし、バラツキを考えると明らかに違いがある。グループaは、全てが5のため全くバラツキがない。グループbは、5が中心にあり3から7までばらついている。グループcは、1から9までの広範囲に渡ってバラツキが見られる。グループbのバラツキは、グループcのバラツキよりも小さい。  
     次に、グループd(1、1、4、7、7)とグループe(1、4、4、4、7)だと、どちらのバラツキが大きいことになるのだろうか。グループdは、中心の4から3も離れた所に4つの値がある。グループeは、中心に3つの値があって、そこから3離れたところに値が2つある。 
     バラツキの大きさを定義する方法で最も有名なのが、レンジと標準偏差である。レンジはグループの最大値から最小値を引くことにより求めることができる。グループdは、7-1=6で、グループeも7-1=6となる。レンジだけでバラツキを定義すれば、グループdとグループeは同じことになるが、グループ内の最大値と最小値だけを問題にするため、他の値が疎かになっている。そこでもう一つのバラツキに関する定義、標準偏差について見てみよう。

    花村嘉英(2019)「三浦綾子の『道ありき』から見えてくるバラツキについて」より

  • 三浦綾子の「道ありき」で執筆脳を考える9

    A:情報の認知1は①ベースとプロファイル、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。
    B:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。
    C:情報の認知1は③他の反応、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。
    D:情報の認知1は③他の反応、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。
    E:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。

    結果

     三浦綾子は、この場面で、聖書を読んで外部から情報を取り込み、釈迦を思い虚無に関する共通の姿を宗教に見出した。そして、虚無の生活からの転機により計画から問題解決に到達している。そのため「虚無と愛情」及び「虚無とうつ」という組が相互に作用する。

    4 まとめ

     三浦綾子の執筆時の脳の活動を調べるために、まず受容と共生からなるLのストーリーを文献により組み立てた。次に、「道ありき」のLのストーリーをデータベース化し、最後に特定したところを実験で確認した。そのため、テキスト共生によるシナジーのメタファーについては、一応の研究成果が得られている。
     この種の実験をおよそ100人の作家で試みている。その際、日本人と外国人60人対40人、男女比4対1、ノーベル賞作家30人を目安に対照言語が独日であることから非英語の比較を意識してできるだけ日本語以外で英語が突出しないように心掛けている。 

    参考文献

    日本成人病予防協会 健康管理士一般指導員受験対策講座テキスト3 ヘルスケア出版 2014
    花村嘉英 計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?新風2005
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社2015
    花村嘉英 日语教育计划书-面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで 南京東南大学出版社 2017
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社2018
    花村嘉英 シナジーのメタファーの作り方-トーマス・マン、魯迅、森鴎外、ナディン・ゴーディマ、井上靖 中国日語教学研究会上海分会論文集 2018  
    花村嘉英 川端康成の「雪国」に見る執筆脳について-「無と創造」から「目的達成型の認知発達」へ 中国日語教学研究会上海分会論文集 2019 
    三浦綾子 道ありき(青春編2004、結婚編2003、信仰入門編2011)新潮文庫 

  • 三浦綾子の「道ありき」で執筆脳を考える8

    表3 虚無とうつの認知プロセス
    虚無の生活から転機が訪れる場面

    A 言ってみれば、この世で望める限りの幸福を一心に集めていたわけだ。しかし彼は老人を見て、人間の衰えゆく姿を思い、葬式を見て、人の命の有限なることも思った。そしてある夜ひそかに、王宮も王子の地位も、美しい妻も子も棄てて、一人山の中に入ってしまった。
    情報の認知1 1、情報の認知2 2、情報の認知3 1

    B つまり釈迦は、今まで自分が幸福だと思っていたものに、むなしさだけを感じ取ってしまったのであろう。電動の書といい、釈迦といい、そのそもそもの初めには虚無があったということに、わたしは宗教というものに共通する一つの姿を見た。 情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 1

    C わたし自身、敗戦以来すっかり虚無的になっていたから、この発見はわたしに一つの転機をもたらした。
    情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 1

    D 虚無は、この世のすべてのものを否定するむなしい考え方であり、ついには自分自身をも否定することになるわけだが、そこまで追いつかれた時に、何かが開けるということを、電動の書にわたしは感じた。
    情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 1

    E この伝導の書の終わりにあった、「汝の若き日に、汝の造り主をおぼえよ」の一言は、それ故にひどくわたしの心を打った。それ以来私たちの求道生活は、次第にまじめになっていった。
    情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 1

    花村嘉英(2019)「三浦綾子の『道ありき』の執筆脳について」より

  • 三浦綾子の「道ありき」で執筆脳を考える7

    【連想分析2】

    情報の認知1(感覚情報)
     
     感覚器官からの情報に注目することから、対象の捉え方が問題になる。また、記憶に基づく感情は、扁桃体と関係しているため、条件反射で無意識に素振りに出てしまう。このプロセルのカラムの特徴は、①ベースとプロファイル、②グループ化、③条件反射である。
     
    情報の認知2(記憶と学習)
     
     外部からの情報を既存の知識構造へ組み込む。この新しい知識はスキーマと呼ばれ、既存の情報と共通する特徴を持っている。未知の情報は、またカテゴリー化される。このプロセスは、経験を通した学習になる。このプロセルのカラムの特徴は、①旧情報、②新情報である。

    情報の認知3(計画、問題解決、推論)
     
     受け取った情報は、計画を立てるプロセスでも役に立つ。その際、目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。しかし、獲得した情報が完全でない場合は、推論が必要になる。このプロセルのカラムの特徴は、①計画から問題解決へ、②問題未解決から推論へである。

    花村嘉英(2019)「三浦綾子の『道ありき』の執筆脳について」より

  • 三浦綾子の「道ありき」で執筆脳を考える6

    分析例

    1 聖書を読んで釈迦を思い虚無の生活から転機が訪れる場面。
    2 この小論では、「道ありき」執筆時の三浦綾子の脳の活動を「虚無とうつ」と考えているため、意味3の思考の流れ、虚無のありなしに注目する。
    3 意味1の喜怒哀楽のうち喜楽は、聖書を渡した前川正との愛情につながる。
    4 意味1:①喜②怒③哀④楽、意味2:①視覚②聴覚③味覚④嗅覚⑤触覚、意味3:①虚無あり②なし、意味4振舞い:①直示②隠喩③記事なし
    5 疾病脳 虚無でうつ:①ある②なし、健常脳 うつからの回復:①ある②なし

    テキスト共生の公式

    ステップ1:意味1、2、3、4を合わせて解析の組「虚無と愛情」を作る。
    ステップ2:うつ病の精神症状から「虚無とうつ」という組を作り、解析の組と合わせる。

    A:③哀+①視覚+①虚無あり+①直示という解析の組を、うつ病の精神症状からなる虚無でうつあり+うつから回復なしという組と合わせる。
    B:③哀+①視覚+①虚無あり+①直示という解析の組を、うつ病の精神症状からなる虚無でうつあり+うつから回復なしという組と合わせる。
    C:①喜+①視覚+②虚無なし+②隠喩という解析の組を、うつ病の精神症状からなる虚無でうつなし+うつから回復ありという組と合わせる。 
    D:①喜+①視覚+②虚無なし+②隠喩という解析の組を、うつ病の精神症状からなる虚無でうつなし+うつから回復ありという組と合わせる。
    E:④楽+①視覚+②虚無なし+②隠喩という解析の組を、うつ病の精神症状からなる虚無でうつなし+うつから回復ありという組と合わせる。

    結果 
    表2については、テキスト共生の公式が適用される。

    花村嘉英(2019)「三浦綾子の『道ありき』の執筆脳について」より

  • 三浦綾子の「道ありき」で執筆脳を考える5

    【連想分析1】
    表2 受容と共生のイメージ合わせ

    虚無の生活から転機が訪れる場面
    A 言ってみれば、この世で望める限りの幸福を一心に集めていたわけだ。しかし彼は老人を見て、人間の衰えゆく姿を思い、葬式を見て、人の命の有限なることも思った。そしてある夜ひそかに、王宮も王子の地位も、美しい妻も子も棄てて、一人山の中に入ってしまった。
    意味1 3、意味2 1、意味3 1、意味4 1、疾病脳 1、健常脳 2

    B つまり釈迦は、今まで自分が幸福だと思っていたものに、むなしさだけを感じ取ってしまったのであろう。電動の書といい、釈迦といい、そのそもそもの初めには虚無があったということに、わたしは宗教というものに共通する一つの姿を見た。
    意味1 1、意味2 1、意味3 2、意味4 2、疾病脳 1、健常脳 2

    C わたし自身、敗戦以来すっかり虚無的になっていたから、この発見はわたしに一つの転機をもたらした。
    意味1 1、意味2 1、意味3 2、意味4 2、疾病脳 2、健常脳 1

    D 虚無は、この世のすべてのものを否定するむなしい考え方であり、ついには自分自身をも否定することになるわけだが、そこまで追いつかれた時に、何かが開けるということを、電動の書にわたしは感じた。
    意味1 1、意味2 1、意味3 2、意味4 2、疾病脳 2、健常脳 1

    E この伝導の書の終わりにあった、「汝の若き日に、汝の造り主をおぼえよ」の一言は、それ故にひどくわたしの心を打った。それ以来私たちの求道生活は、次第にまじめになっていった。
    意味1 4、意味2 1、意味3 2、意味4 2、疾病脳 2、健常脳 1

    花村嘉英(2019)「三浦綾子の『道ありき』の執筆脳について」より