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  • ハインリッヒ・ベルの「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」で執筆脳を考える12

    5 まとめ
     
     受容の読みによる「空間と荒廃の中の不壊」という出力は、すぐに共生の読みの入力となる。続けて、データベースの問題解決の場面を考察すると、「大脳辺縁系と頭頂連合野」という人間の脳の活動と結びつき、その後、信号のフォーカスは、購読脳の出力のポジションに戻る。この分析を繰り返すことにより、「ハインリッヒ・ベルと頭頂連合野」というシナジーのメタファーが作られる。
     この種の実験をおよそ100人の作家で試みている。その際、日本人と外国人60人対40人、男女比4対1、ノーベル賞作家30人を目安に対照言語が独日であることから非英語の比較を意識してできるだけ日本語以外で英語が突出しないように心掛けている。
     
    参考文献

    佐藤晃一 ドイツ文学史 明治書院 1979
    高島明彦 脳のしくみ 日本文芸社 2006
    手塚富雄 ドイツ文学案内 岩波文庫別冊3 1981
    花村嘉英 計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか? 新風舎 2005
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社 2015 
    花村嘉英 日语教育计划书-面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用 日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで 東南大学出版社 2017
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁/戈迪默 ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社 2018
    花村嘉英 川端康成の「雪国」から見えてくるシナジーのメタファーとは-「無と創造」から「目的達成型の認知発達」へ 中国日语教学研究会上海分会論文集 華東理工大学出版社 2019
    藤本淳雄他 ドイツ文学史 東京大学出版会 1981
    Heinrich Böll Wanderer, kommst du nach Spa… Reclam 1982

  • ハインリッヒ・ベルの「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」で執筆脳を考える11

    A 情報の認知1は、③条件反射、情報の認知2は、②新情報、情報の認知3は、②問題未解決から推論へ、人工知能は①、①である。
    B 情報の認知1は、③条件反射、情報の認知2は、①旧情報、情報の認知3は、②問題未解決から推論へ、人工知能は①、①である。
    C 情報の認知1は、②グループ化、情報の認知2は、①旧情報、情報の認知3は、①計画から問題解決へ、人工知能は1①、①ある。
    D 情報の認知1は、①ベースとプロファイル、情報の認知2は、①旧情報、情報の認知3は、②問題未解決から推論へ、人工知能は①、①である。
    E 情報の認知1は、③条件反射、情報の認知2は、②新情報、情報の認知3は、②問題未解決から推論へ、人工知能は①、①である。

    結果
     言語の認知の出力「空間と荒廃の中の不壊」が情報の認知の入力となり、まずギムナジウムにある黒板の筆跡に反応する。次に、黒板にある自分の筆跡が情報の認知で新情報となり、結局、「空間と荒廃の中の不壊」は、ベンドルフのギムナジウムにある黒板の自分の筆跡に象徴される一つの変わらぬ空間が、記憶という大脳辺縁系が担う機能と頭頂葉の空間認識を担う連合野からなる組みと相互に作用する。
     記憶については、A、B、Cは個人の経験にまつわる長期記憶で、D、Eは、学習した知識や経験と照合して目的を達成していく作業記憶になる。この場面では空間認識が強いため、ベルの執筆脳は、頭頂葉や頭頂連合野に特徴があるといえる。

    花村嘉英(2005)「ハインリッヒ・ベルの『旅人よ、汝スパ…にいたりなば』で執筆脳を考える」より

  • ハインリッヒ・ベルの「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」で執筆脳を考える10

    分析例

    (1)“Wanderer, kommst du nach Spa…”執筆時のベルの脳の活動を「大脳辺縁系と頭頂連合野」という組からなると考えており、その裏には、先にも書いた、コンパクトなスケッチ風の空間描写を好むベルの文体がある。頭頂連合野は、視覚野とか側頭連合野から視覚の感覚や空間認識の情報を受けて処理している。
    (2)頭頂連合野の働きが悪いと、空間認識の情報を処理することはできない。
    (3)情報の認知1(感覚情報)
    感覚器官からの情報に注目することから、対象の捉え方が問題になる。また、記憶に基づく感情は、扁桃体と関係しているため、条件反射で無意識に素振りに出てしまう。このプロセルのカラムの特徴は、①ベースとプロファイル、②グループ化、③条件反射である。
    (4)情報の認知2(記憶と学習)
    外部からの情報を既存の知識構造へ組み込む。この新しい知識はスキーマと呼ばれ、既存の情報と共通する特徴を持っている。また、未知の情報はカテゴリー化されて、経験を通した学習につながる。このプロセルのカラムの特徴は、①旧情報、②新情報である。
    (5)情報の認知3(計画、問題解決)
    受け取った情報は、計画を立てるプロセスでも役に立つ。その際、目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。しかし、獲得した情報が完全でない場合は、推論が必要になる。このプロセルのカラムの特徴は、①計画から問題解決へ、②問題未解決から推論へ、である。
    (6)人工知能1、2 執筆脳を「空間と荒廃の中の不壊」としているため、心の働きのうち①記憶絡みで大脳辺縁系が重要となり、そこに①空間認識が関係してくる。

    花村嘉英(2005)「ハインリッヒ・ベルの『旅人よ、汝スパ…にいたりなば』で執筆脳を考える」より

  • ハインリッヒ・ベルの「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」で執筆脳を考える9

    【連想分析2】
    表3 情報の認知

    主人公が自分の筆跡を黒板で確認する場面

    A Irgendwo in einer geheimen Kammer meines Herzens erschrak ich tief und schrecklich, und es fing heftig an zu schlagen: da war meine Handschrift an der Tafel.
    情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 2、人工知能 1

    B Oben in der obersten Zeile. Ich kenne meine Handschrift:es ist schlimmer, als wenn man sich im Spiegel sieht, viel deutlicher, und ich hatte keine Möglichkeit, die Identität meiner Handschrift zu bezweifel
    情報の認知1 3、情報の認知2 1、情報の認知3 2、人工知能 1

    C Alles andere war kein Beweis gewesen, weder Medea noch Nietzsche, nicht das dinarische Bergfilmprofil noch die Banane aus Togo, und nicht einmal das Kreuzzeichen über der Tür: das alles war in allen Schulen dasselbe, aber ich glaube nicht, daß sie in anderen Schulen mit meiner Handschrift an die Tafeln schreiben.
    情報の認知1 2、情報の認知2 1、情報の認知3 1、人工知能 1

    D Da stand er noch, der Spruch, den wir damals hatten schreiben müssen, in diesem verzweifelten Leben, das erst drei Monate zurücklag: Wanderer, kommst du nach Spa…
    情報の認知1 1、情報の認知2 1、情報の認知3 2、人工知能 1

    E Oh, ich weiß, die Tafel war zu kurz gewesen, und der Zeichenlehrer hatte geschimpft, daß ich nicht richtig eingeteilt hatte, die Schrift zu groß gewählt, und er selbst hatte es kopfschüttelnd in der gleichen Größe darunter geschrieben: Wanderer, kommst du nach Spa…
    情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 2、人工知能 1

    花村嘉英(2005)「ハインリッヒ・ベルの『旅人よ、汝スパ…にいたりなば』で執筆脳を考える」より

  • ハインリッヒ・ベルの「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」で執筆脳を考える8

    分析例
    (1)主人公が自分の筆跡を確認する場面。
    (2)文法2 テンスとアスペクト、1は現在形、2は過去形、3は未来形、4は現在進行形、5は現在完了形、6は過去進行形、7は過去完了形。 
    (3)意味1 距離(現実と心理)、意味2 喜怒哀楽、意味3 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、意味4 振舞いの直示と隠喩。

    テキスト共生の公式
    (1)言語の認知による購読脳の組み合わせを「空間と荒廃の中の不壊」とする。ベルのスケッチのような描写は、荒廃の中でも変わらぬものを主人公の告白調で伝えている。
    (2)文法2のテンスとアスペクトや意味1の現実とか心理の距離には、一応ダイナミズムがある。また、空間には、ベンドルフのギムナジウムが設定されている。連想分析1の各行の「空間と荒廃の中の不壊」を次のように特定する。

    A 空間と荒廃の中の不壊=ベンドルフのギムナジウム、テンスは過去形、距離は近い。
    B 空間と荒廃の中の不壊=空間は同上、テンスは現在形と過去形、距離は中位。
    C 空間と荒廃の中の不壊=空間は同上、テンスは過去形、距離は中位。 
    D 空間と荒廃の中の不壊=空間は同上、テンスとアスペクトは過去形と過去完了形。距離は中位。
    E 空間と荒廃の中の不壊=空間は同上、テンスとアスペクトは過去形と過去完了形。距離は中位。

    結果 上記場面は、「空間と荒廃の中の不壊」という購読脳の条件を満たしている。

    花村嘉英(2005)「ハインリッヒ・ベルの『旅人よ、汝スパ…にいたりなば』で執筆脳を考える」より

  • ハインリッヒ・ベルの「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」で執筆脳を考える7

    【連想分析1】
    表2 言語の認知(文法と意味)

    主人公が自分の筆跡を黒板で確認する場面

    A Irgendwo in einer geheimen Kammer meines Herzens erschrak ich tief und schrecklich, und es fing heftig an zu schlagen: da war meine Handschrift an der Tafel. 文法2 2、意味1 1、意味2 3、意味3 5、意味4 1

    B Oben in der obersten Zeile. Ich kenne meine Handschrift:es ist schlimmer, als wenn man sich im Spiegel sieht, viel deutlicher, und ich hatte keine Möglichkeit, die Identität meiner Handschrift zu bezweifeln.
    文法2 1⁺2、意味1 2、意味2 3、意味3 1、意味4 1

    C Alles andere war kein Beweis gewesen, weder Medea noch Nietzsche, nicht das dinarische Bergfilmprofil noch die Banane aus Togo, und nicht einmal das Kreuzzeichen über der Tür: das alles war in allen Schulen dasselbe, aber ich glaube nicht, daß sie in anderen Schulen mit meiner Handschrift an die Tafeln schreiben.
    文法2 2、意味1 2、意味2 5、意味3 1、意味4 2

    D Da stand er noch, der Spruch, den wir damals hatten schreiben müssen, in diesem verzweifelten Leben, das erst drei Monate zurücklag: Wanderer, kommst du nach Spa…
    文法2 2⁺5、意味1 2、意味2 3、意味3 1⁺2、意味4 2

    E Oh, ich weiß, die Tafel war zu kurz gewesen, und der Zeichenlehrer hatte geschimpft, daß ich nicht richtig eingeteilt hatte, die Schrift zu groß gewählt, und er selbst hatte es kopfschüttelnd in der gleichen Größe darunter geschrieben: Wanderer, kommst du nach Spa…
    文法2 2⁺5、意味1 2、意味2 3、意味3 1⁺2、意味4 2

    花村嘉英(2005)「ハインリッヒ・ベルの『旅人よ、汝スパ…にいたりなば』で執筆脳を考える」より

  • ハインリッヒ・ベルの「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」で執筆脳を考える6

    【データベースの作成】
    表1 「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」のデータベースのカラム

    項目名 内容    説明
    文法1 ヴォイス  能動、受動、使役。
    文法2 テンス、アスペクト 現在、過去、未来、進行形、完了形。
    文法3 モダリティ 様相の表現。可能、推量、義務、必然。
    意味1 距離(現実+心理) 近い、中位、離れている。
    意味2 喜怒哀楽  ①喜②怒③哀④楽⑤記事なし。
    意味3 五感    視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。
    意味4 振舞い ジェスチャー、身振り。直示と隠喩を考える。
    医学情報 メンタルヘルス 受容と共生の接点。構文や意味の解析から得た組「情動と尊敬の念」と病跡学でリンクを張るためにメディカル情報を入れる。
    記憶  短期、作業記憶、長期(陳述と非陳述) 作品から読み取れる記憶を拾う。長期記憶は陳述と非陳述に分類される。
    情報の認知1 感覚情報の捉え方 感覚器官からの情報に注目するため、対象の捉え方が問題になる。例えば、ベースとプロファイルやグループ化または条件反射。
    情報の認知2 記憶と学習 外部からの情報を既存の知識構造に組み込む。その際、未知の情報についてはカテゴリー化する。学習につながるため。記憶の型として、短期、作業記憶、長期(陳述と非陳述)を考える。
    情報の認知3 計画、問題解決、推論 受け取った情報は、計画を立てるときにも役に立つ。目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。獲得した情報が完全でない場合、推論が必要になる。
    人工知能(大脳辺縁系)エキスパートシステム 本能や情動を司る領域で、記憶、好き嫌いの感情、やる気の窓口を担当している。
    人工知能(連合野)エキスパートシステム いくつもの部位に分かれそれぞれ固有の働きを持っている。記憶の側頭連合野、感覚や空間認識の頭頂連合野、最後に情報を統合し最適な行動を導く前頭連合野などがある。

    花村嘉英(2005)「ハインリッヒ・ベルの『旅人よ、汝スパ…にいたりなば』で執筆脳を考える」より

  • ハインリッヒ・ベルの「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」で執筆脳を考える5

    4 データベースの作成・分析

     データベースの作成法について説明する。エクセルのデータについては、列の前半(文法1から意味5)が構文や意味の解析データ、後半(医学情報から人工知能)が理系に寄せる生成のデータである。一応、L(受容と共生)を反映している。データベースの数字は、登場人物を動かしながら考えている。
     こうしたデータベースを作る場合、共生のカラムの設定が難しい。受容はそれぞれの言語ごとに構文と意味の解析をし、何かの組を作ればよい。しかし、共生は作家の知的財産に基づいた脳の活動が問題になるため、作家ごとにカラムが変わる。

    花村嘉英(2005)「ハインリッヒ・ベルの『旅人よ、汝スパ…にいたりなば』で執筆脳を考える」より

  • ハインリッヒ・ベルの「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」で執筆脳を考える4

     共生の読みは、コンパクトなスケッチ風の空間描写を好むベルの文体から、「大脳辺縁系と頭頂連合野」にする。大脳辺縁系は、本能や情動を司り、記憶の海馬、好き嫌いの扁桃体、やる気の側座核などからなる。これに対して、感覚、思考、判断といった行動を司っているのは、大脳皮質である。大脳皮質は、思考、判断、創造の前頭葉、刺激を筋肉に送り運動を制御する頭頂葉、記憶の側頭葉、視覚の後頭葉という4つの脳葉がある。
     さらに、高島(2006)では、機能面の領野として、五感の情報を受け取る感覚野、運動を制御する運動野、大脳各部からの情報を受け取り統合して言語や思考を判断する連合野を加えている。連合野とは、記憶を蓄積する側頭連合野、感覚や空間認識の情報を処理する頭頂連合野、創造性、やる気、反省、自己顕示欲といった精神活動の前頭連合野である。
     ハインリッヒ・ベルの作品では空間認識が重要な情報となっているため、シナジーのメタファーは、「ハインリッヒ・ベルと頭頂連合野」にする。

    花村嘉英(2005)「ハインリッヒ・ベルの『旅人よ、汝スパ…にいたりなば』で執筆脳を考える」より

  • ハインリッヒ・ベルの「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」で執筆脳を考える3

    3 「旅人よ..」の五感を交えたLのストーリー

     「旅人よ、汝スパ…にいたりなば」の購読脳を「空間と荒廃の中の不壊」としよう。戦争体験の表白に特徴があるハインリッヒ・ベルは、藤本他(1981)によると、無力な庶民にとっての戦争の実態、戦後の困難、個人の無意味な死にざま、理不尽な苦悩を提示したとある。手塚(1981)は、キリスト教のカトリックの立場から、飾り気のない文体による作者の誠実さが伺われる作風で、現在の荒廃の中でも壊れないものがあるとする。
     それは、製図室の描写が続くため、視覚情報もさること、追想の記事には叫びや臭い、味、接触といった感覚情報も見られる。こうした感覚情報から、ベルの執筆時の脳の活動を探るために、まず五感情報の伝達の様子についてまとめてみよう。
     執筆脳は、場面の説明に視覚と嗅覚が使われていることから、外界からの刺激が最終的に伝わる大脳皮質のうち後頭葉や嗅覚野がヒントになりそうである。特に、嗅覚は、他の五感と異なり大脳辺縁系にダイレクトに伝わり、喜怒哀楽や本能的な快不快など人間の情動に深く関わっている。一方、他の感覚の刺激は、視床を経由して大脳へと伝わる。「森鴎外と感情」というシナジーのメタファーを取り上げた際にも、本能を司る情動については説明している。(花村2017)

    花村嘉英(2005)「ハインリッヒ・ベルの『旅人よ、汝スパ…にいたりなば』で執筆脳を考える」より