永井荷風の「濹東綺譚」で執筆脳を考える4

【連想分析1】
表2 受容と共生のイメージ合わせ

A お雪はいつとはなく、わたくしの力に依って、境遇を一変させようと云う心を起している。懶婦か悍婦かになろうとしている。お雪の後半生をして懶婦たらしめず、悍婦たらしめず、真に幸福なる家庭の人たらしめるものは、失敗の経験にのみ富んでいるわたくしではなくして、前途に猶多くの歳月を持っている人でなければならない。然し今、これを説いてもお雪には決して分ろう筈がない。
意味1 1、意味2 3、意味3 1、意味4 1、人工知能 2

B お雪はわたくしの二重人格の一面だけしか見ていない。わたくしはお雪の窺い知らぬ他の一面を曝露して、其非を知らしめるのは容易である。それを承知しながら、わたくしが猶躊躇しているのは心に忍びないところがあったからだ。これはわたくしを庇うのではない。お雪が自らその誤解を覚った時、甚しく失望し、甚しく悲しみはしまいかと云うことをわたくしは恐れて居たからである。
意味1 1、意味2 3、意味3 1、意味4 2、人工知能 2

C お雪は倦みつかれたわたくしの心に、偶然過去の世のなつかしい幻影を彷彿たらしめたミューズである。久しく机の上に置いてあった一篇の草稿は若しお雪の心がわたくしの方に向けられなかったなら、――少くとも然う云う気がしなかったなら、既に裂き棄てられていたに違いない。お雪は今の世から見捨てられた一老作家の、他分それが最終の作とも思われる草稿を完成させた不可思議な激励者である。 
意味1 1、意味2 1、意味3 1、意味4 1、人工知能 2

D わたくしは其顔を見るたび心から礼を言いたいと思っている。其結果から論じたら、わたくしは処世の経験に乏しい彼の女を欺き、其身体のみならず其の真情をも弄んだ事になるであろう。わたくしは此の許され難い罪の詫びをしたいと心ではそう思いながら、そうする事の出来ない事情を悲しんでいる。
意味1 1、意味2 3、意味3 1、意味4 2、人工知能 2

E その夜、お雪が窓口で言った言葉から、わたくしの切ない心持はいよいよ切なくなった。今はこれを避けるためには、重ねてその顔を見ないに越したことはない。まだ、今の中ならば、それほど深い悲しみと失望とをお雪の胸に与えずとも済むであろう。意味1 2、意味2 3、意味3 1、意味4 1、人工知能 2

花村嘉英(2020)「永井荷風の『濹東綺譚』の執筆脳について」より

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