例として空のNPを考えてみよう。チョムスキーは、これをPRO、pro、NP痕跡、変項という4種類に分けている。しかし、GB理論による受動態(passive)の分析で出るNP痕跡は、HPSGには見当たらない。HPSGでは受動態の主語が目的語の位置から表示レベルに移動することがないためである。PROは、promise(主語の制御)やpersuade(目的語の制御)のような等価の動詞(equi)が制御する補部の主語の下位範疇の要素である。
(38) You promise me to go to the meeting. (You promise me that you will go to the meeting.)
(39) You persuaded Maria to go to the meeting. (You persuaded Maria that she should go to the meeting.)
HPSGによる空のNPの分析例として中国語の空の目的語を見てみよう。HPSGでは、中国語の空の目的語は、変項または痕跡であると推定されている。現実に痕跡であるとすれば、主語の条件に従うことになる。しかし、そうではない。こうした空の要素が痕跡ではなくて非代名詞ならば、(40)にあるeiの位置に収まるはずである。
(40) [这本书]i 我认为读过ei的人不多。 (I think the people that have read this book are few.)
HPSGの束縛理論を見てみよう。ポイントは、局部の斜格性統御である。斜格とは名詞の主格以外のものを指す。つまり、英語の場合、主語は、主格をとり斜格が来ると文法上非文になる。
(41) *Alan1 likes him1.
(42) Alan1 likes himself1.
(43) *Himself1 has [AGR1] run.
しかし、文学作品やCMなどには斜格の主語が見られることもあり、主格以外の斜格を主語とする現象も認めたほうが運用論に沿っているといえる。HPSGではこうした点を考慮して、束縛理論を次のように定義している。(Pollard/Sag 1994, 254)
(44) HPSGの束縛理論
① 局部の斜格性統御の照応は、局部で斜格性の束縛になる。
② 人称代名詞は、局部で斜格性が任意となる。
③ 非代名詞は、斜格性が任意となる。
(44)の①と②は、非階層的な関係を作り、③のみが樹形図の概念となる。
花村嘉英(2018)「ことばの呼応とその運用を比較する-英語、ドイツ語、日本語、中国語を中心に」より