いずれにせよHPSGが取る立場は、必要と思われる運用論の制約をこの種の英語の表現に課すことである。例えば、英語の慣習に反してAlanという名前で呼ばれる個体が女性となるコンテキストでは、次の例を受け入れることができる。同一指標により指定される同一人物は、現実世界の指示(外延)的意味ではなくて、談話表示の意味レベルにある。
(5)Alani thinks shei is smart.
運用論の制約とは、[GEND fem]と指定されているインデックスが女性にかかると考えればうまくいく。[GEND masculine]と[GEND neuter]の場合には、男性と中性に連結する制約となる。この種の制約は、言語の運用論の前提として知られており、コンテキストの値を含む代名詞(1)のsheは、この種の制約が効いてくる。ここでは、指示者の性によって代名詞が選択されているからである。
直示の指示語の場合についても、発話のコンテキストで重要な対象に直接かかるインデックスは、直示の指示(外延)的な意味が分析できるとする仮説を設けている。指示的な意味については、モンターギュ文法の流れを汲む談話表示理論(Discourse Representation Theory)による分析が知られている。(花村嘉英 計算文学入門‐Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか? 新風舎 2005)英語の一人称単数の指標は、話し手にかかる。ここでは単数のインデックスは、発話のコンテキスト内で非集合体として個別化される個体に付く。
(6)He is small. (女性を指しながら)
文法的な性がある言語(ドイツ語やフランス語)の場合、普通名詞の性は、一般的に名詞のインデックスのアンカー(例、量化の領域)に関する意味の制限から独立している。普通名詞は、インデックスの性の値を語彙的に指定することになる。しかし、これらの性の指定は、英語のような自然性の言語の場合は当てはまらない。
(7)Elle/*Il est trè longue. (テーブルを指しながら)
(8)Er/* Sie /* Es kommt bald.(駅で電車を待ちながら)
(7)の直示代名詞は、フランス語のテーブルが女性名詞のために、女性でなければならない。(8)の直示代名詞もドイツ語の列車が男性名詞のために男性でなければならない。これらの言語にかかる運用論の制約は、個体がNPインデックスのアンカーとして機能するための条件である。それは、インデックスの呼応の素性が普通名詞の素性と呼応することであり、普通名詞は、その個体をコンテキストに適した精度で効果的に分類する。自然性の言語と文法性の言語は、インデックスの呼応の素性を指定するという点では類似している。
花村嘉英(2018)「ことばの呼応とその運用を比較する-英語、ドイツ語、日本語、中国語を中心に」より