また、失業中の独歩が作家活動に再登場する際、驚きも必要であった。郷里を離れ都会での競争から故郷意識も生まれた。独歩は、生涯社会に関心があり、文学の手法は想像力を重んじ、作者の私にかかわる作品を正当とした。そこで、「武蔵野」の購読脳を「誠実さと想像力」にする。
滝藤(2012)は、また、「武蔵野」が独歩自身を最も慰めてくれる自然の物語と位置づけ、言文一致の成功例でもあり、同じ気持ちを持つ人間たちに向けて語りかけているとする。そこで、「武蔵野」の執筆脳を「イメージと同感」と見なし、心の活動を脳の働きと考えた場合、シナジーのメタファーは、「国木田独歩と内面の写し絵としての思考」にする。課題や問題に対して生まれる一連の精神活動の流れで、周囲の状況に応じた現実的な判断や結論へと至っているためである。
通常、五感情報の80%以上が視覚情報によるものである。片野(2018)によると、目で見たものは、物体から跳ね返ってくる光を受け取り物体の色や形、大きさ、立体感などを認識している。光は、角膜から眼球に入り、その量を調節する虹彩を経てさらに内側にある水晶体というレンズで屈折され、カメラのフィルムに当たる網膜で像になる。水晶体と網膜の間には、ゼリー状で透明な硝子体がある。網膜には光を感じ取る視細胞があり、光の刺激を電気信号に変える。さらに網膜から伸びた視神経の束がその信号を脳へ伝達する。
網膜は、三層構造からなる。網膜に届いた光の刺激は、神経節細胞や双極細胞を通り三層目の桿体細胞と錐体細胞という視細胞で電気信号に変換される。そして今度は逆の方向に光が伝わり、神経節細胞から左右視交叉で情報が送られ、視床で整理された情報は、大脳皮質の視覚野で色、形、動きからそれが何か判断される。
凝視により認識したものは、心の痛手を癒すという課題と相互に作用する。例えば、独歩がここで見たものは、物体から跳ね返ってくる光を受け取り物体の色や形、大きさ、立体感などの認識になっている。
花村嘉英(2020)「国木田独歩の『武蔵野』の執筆脳について」より