『訳す』 中日翻訳の高速化-比較言語学からの考察5


3.3 複数に訳出される例

 中国語の単文が複数の日本語に訳出される例も見てみよう。一般的に中心語を補足的に説明する補語の中で、程度の補語と呼ばれる表現は、その補語が表す内容を程度とすることも可能だし、結果として理解することもできる。

(10)黑板上的字小得几乎看不见。(汉訳日精编教程)
(11)黒板の字がほとんど見えないほど小さい。(程度)
(12)黒板の字が小さくてほとんど見えない。(結果)

 (11)(程度で訳す場合)は、前提として何か目安があって、それよりも大か小かが問題となる。一方、(12)(結果で訳す場合)は、中国語の語順に沿って訳すことができる。その場合、結果の対語に当たる何かの原因を受けていると考えればよい。程度と結果の訳し方の違いは、単位を段落まで広げなくても、その文の前後関係ぐらいで対応できそうだ。
 文の前後関係から見ると、状況語の訳し方も例になるであろう。中国語では、主語と動詞の間に時間や場所を表す状況語が来る。しかし、日本語では、状況語が文頭でも主語と目的語の間でも、あるいは目的語と動詞の間に置かれても、文法上特に問題はない。もちろん、日本語でも状況語は述語を修飾するわけだから、これらの二つの成分は近いにこしたことはない。

(13)别着急,我立刻打电话告诉她。(汉訳日精编教程)

(14)慌てるなよ。すぐに電話して彼女に話すから。

(15)慌てるなよ。すぐに彼女に電話して話すから。

(16)慌てるなよ。彼女にすぐに電話して話すから。

(17)慌てるなよ。彼女に電話してすぐに話すから。

(18)慌てるなよ。電話してすぐに彼女に話すから。

(19)慌てるなよ。電話して彼女にすぐに話すから。

(14)、(15)、(16)、(17)、(18)、(19)は、いずれも和訳として成立する。しかし、どの訳が一番よいかは、文脈に依存して初めて決まる。

花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より

日本語教育のためのプログラム


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