魯迅とカオス(阿Q正伝)25


 日常経験に基づいた推論は、具体的なカテゴリーが問題になる。しかし、文学作品などでよく見る抽象的なカテゴリーは、そもそも作家が何か具体的なことを表現するために使われている。こうした抽象的な概念と具体的な概念との間には何らかの関係が成立する。このような対応関係は、一般的にメタファーと呼ばれる。
 メタファーを図式化すると、理解のもとになる根源領域から理解の対象になる目標領域への写像関係が作られる。このメカニズムは、抽象概念を引き出すとともに、言語表現による意味の拡張としても理解される。そこには慣習化されたものもあり、その場合は言語表現の問題ではなく、思考や概念のレベルで写像が生まれる。
 例えば、メタファーを表すために「◯◯は△△である」という表記を用いる。ここで◯◯が目標領域であり、△△は根源領域である。メタファーは、直接知覚しにくいものを理解させてくれる。但し、根源領域の構造が目標領域に写像されると、関連事項を調節するために推論が必要になる。

メタファー(1): 黄鶴楼が武漢のシンボルなら、第一橋は武漢の大動脈である。

 条件文(1)の前半でメタファーを導入し、後半はそこからの推論を使用しながら、対応する部分を述べている。(1)のような推論は、真偽というよりも何とからしさが問題になる。メタファーによる推論は、問題解決のための発見とか意思決定の力ともいえる。また、対象となる概念領域がかけ離れているのに、ひらめきにより類推が効く場合がある。それが正しいという保証はないが、未知の領域を理解するために既知の知識をあてはめてみると、うまくいくこともある。
 さらに認知言語学は情報を受け取ると同時に、ある場面のイメージを作る方法についても研究を進めていく。世の中を客観的に捉える方法は、社会や文化により異なる。言語の違いにより異なる思考のレベルが考察対象になるためである。言語と思考の問題については、サピアと彼の弟子のウォーフの研究が知られている。

花村嘉英(2015)「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む」より

シナジーのメタファー2


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