魯迅とカオス(阿Q正伝)4



第2章 勝利の概略
(2)
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最恼人的是在他头皮上,颇有几处不知于何时的癞疮疤。未庄的閑人们便愈喜欢玩笑他。“哙,亮起来了。”阿Q照例的发了怒,他怒目而视了。
和文
とりわけ人に嫌われるのは、彼の頭の表面のあちこちに、いつできたとも知れない瘡禿があることであった。
未庄の閑人たちは付け上がって彼を嬲りものにした。「おや、明るくなったな。」阿Qは怒り出して、目をむいて睨む。(五感)
(3)
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“原来有保险灯在这里!”他们并不怕。“你还不配。”这时候,又仿佛在他头上的是一种高尚的光容的癞头疮,并非平常的癞头疮了。
和文
閑人たちは一向に平気で、「なんと、安全ランプがここにある。」「おまえらにはあるまい。」この時、阿Qの頭にあるものは、高尚で光栄ある瘡禿であって、普通の瘡禿ではない。
(4)
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他有这一种精神上的胜利法。
“阿Q,这不是儿子打老子,是人打畜生。自己说,人打畜生!”
“打虫豸,好不好?我是虫豸-还不放么?”
他觉得他是第一个能够自轻自贱的人,除了“自轻自贱”不算外,余下的就是“第一个”。
和文
阿Qには精神的な勝利法がある。
「これは息子が親父を殴るんではないぞ。人間が畜生を殴るんだ。自分で言ってみろ。人間が畜生を殴るんだ。」
「虫けらを殴るんだ、これでいいかい?おいらは虫けらだよ-もう放してくれよ。」
阿Qは自分を自ら軽んじ自ら賤しむことができる第一人者だと思っている。そこから「自ら軽んじ自ら賤しむ」を除くと、残りは「第一人者」だけになる。(この妙計が阿Qの勝利法。)

花村嘉英(2015)「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む」より

シナジーのメタファー2


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