しかし、呼応の素性を指示対象の特性にリンクさせるときには、運用論上の制約が全く異なってくる。
(9)Ich sah den Hund. Sie war schön.
(9)は指示対象が雌の犬だとしても不適切である。ドイツ語の犬は男性名詞であり、文法上の性に違反しているためである。インデックスの呼応の素性とそのアンカー間にある運用論の制約はとても複雑である。説明を簡単にしよう。
(10)*the boat who I like
(11)the car which I like
(10)の関係代名詞whoは、NPインデックスのアンカーとして機能するために必要な2つの特性(人間と車)と両立しないために文法違反となる。インデックスの呼応ではないとしたほうが、英語のboatが女性の人称代名詞や再帰代名詞を取るという事実も説明できる。普通名詞をメタファー的に使用する場合、関係代名詞の人間性は指示対象により決定される。名詞の持つ本来の特性が決めるわけではない。
この小論ではCASEがインデックスの属性にならない。CASEのような統語特性は、代名詞とその先行詞に呼応が見られないためである。また、照応の呼応は、インデックスのすべての素性(PER、NUM、GEND)に影響を与える。統語特性の値に呼応が見られないとしても、同一指標を取る代名詞もある。こうした矛盾にも対応できるようにすれば、言語の違いを越えて妥当するようになる。
花村嘉英(2018)「ことばの呼応とその運用を比較する-英語、ドイツ語、日本語、中国語を中心に」より