花村嘉英 サピアの「言語」と魯迅の「阿Q正伝」1


【要旨】
 魯迅の「阿Q正伝」(1921)を分析しながら、シナジーのメタファーを作成していく。前半は中国語と日本語から見えてくる思考様式の違いをサピアの「言語」に基づいて考える。魯迅は、学生時代に日本に留学しており、彼自身も中日の思考様式の違いについて思うところがあった。そして、当時の中国人が患っていた「馬々虎々」という精神的な病を嫌って、「阿Q正伝」の主人公阿Qに自分を重ねてそれを強く人民に訴えた。
 こうした魯迅の作家人生からシナジーのメタファーを作るために、後半は作品のテーマである「馬々虎々」を記憶のモデルとリンクさせながら、「阿Q正伝」に見られるカオスの世界を説明していく。

1 言語と思考

1.1 サピアの特徴と魅力

 20世紀を代表するアメリカの言語学者エドワード・サピア の特徴と魅力について彼の著書「言語」を軸にしてまとめいく。サピアは、言語の普遍性から個別言語の特徴へと話を進め、人類学も視野に入れるために、人種や言語、文化や文学についても自論を述べている。
 この論文は、サピアの言語研究を中日の観点からまとめていきます。サピアの言語論に日本語の分析はないものの、個別言語に話が及ぶと展開が見られるためである。
 サピアの言語研究の本質は、6つの文法過程にある。それは、語順、複合語(造語)、接辞添加(接頭辞、接尾辞、接中辞)、語幹要素または文法要素の内部変容、重複及びアクセントの相違です。中日両言語で類似している性質は、複合語と重複の過程である。一方、異なる性質は、語順、接辞の添加、文法要素の内部変容そしてアクセントである。
 複合語(造語)は中日両語で使用されおり、その過程で二つ以上の語幹要素が結合して、単一語が形成される。これは、要素間の関係を暗示するとともに、語順の過程とも関連する。中国語は語順が厳格なため、複合語を発達させる傾向にある。日本語よりも中国語の方がその数は圧倒的に多い。例えば、語連続の「人権」とか慣習化された並置の「農夫」などがそれである。サピア(1998)によると、これらの複合語の意味は、構成要素の語源的な意味とは異なるものになる。
 重複については、日本語の「思い思い」のように、語の全体または一部を繰り返す畳語が考えられる。朝鮮語、中国語、アイヌ語には見られる特徴だが、印欧語やウラル語族、アルタイ諸語には見られない。

花村嘉英(2015)「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む」より


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