将来的な敬語表現について見ると、システムの簡略化が望ましい。例えば、中国語の場合は、敬語が主に人称代名詞で表現される。古代の中国語には確かに敬語のシステムが存在した。しかし、現在では簡体字に見られるようにことばの簡略化が進んでおり、ことばのシステムも簡単になっている。また、中国人民は同胞という意識から互いに呼び捨てでことばを交わす。簡略化の賜物であろう。
日本語の場合でも、自分を指すことばは、社会人ならば「わたし」か「わたくし」とし、相手を指すことばならば「あなた」、敬称は「さん」や「様」、対話は「ですます」、動作は「れる、お・・になる」を使用するぐらいでよい。
上記のようなCONTEXT属性は、日本語の運用論上の呼応について分析する際にも重要な役割を果たす。例えば、日本語の場合、名詞の敬称(例、様、殿、総理、首相、先生)は、指示対象に敬意を与える印となる。((23)b) 即ち、日本語でも敬意が主語の指示対象にある時には、主文の述語が敬語になる。((23)b、(23)c)
(36)
a 安部さんは(Abe President-NOM)選挙公約として経済の再生を目標にすると言った(say-PAST-DECL)。
b 安部首相は(Abe President-HON-NOM)選挙公約として経済の再生を目標にすると言われた/おっしゃられた(say-HON-PAST-DECL)。
敬語に関する問題は、どんな言語でもことばだけではなく社会的なコンテキストを含めた認識が必要となる。ここではpsoaについて簡単に触れることにする。名詞の敬称のマーカー(首相)は、このマーカーが付与されるNPの指示対象に話し手が敬意を払うpsoaをBACKGROUNDに導くと仮定しよう。そうすると“安部首相”に対するLOCAL値は次のように決められる。
(37)日本語の敬称
●CATEGORY/SUBCAT
●CONTENT[Relation come|COMER 1]
●CONTEXT[C-INDICES/SPEAKER 2|BACKGROUND{RELATION owe-honor|HONORED1|
HONORED 2|POLARITY 0}]
次に動詞の「言われ」の形は、同じように話し手が主語の指示対象に敬意を払うようにコンテキスト上で要求する。動詞「言われた」により指定されるBACKGROUNDの条件は(37)と同じになるため、(36)bのような文では主語とVPに矛盾がなく、コンテキストが適切であれば成立する。
運用論の呼応は、基本的に指標とか統語上の呼応とは異なる。統語上の呼応は言語学の意味合いが強く、運用論の呼応は、発話から派生した特別な効果のために様々な説明がなされている。Pollard/Sag(1994)は、特定の敬語法と一般的な運用論の呼応について一般的に解釈されるすべての現象を説明できるように、BACKGROUNDの条件に適合性を与えようとしている。
花村嘉英(2018)「ことばの呼応とその機能を比較する-英語、ドイツ語、日本語、中国語を中心に」より