直示の指示語の場合についても、発話のコンテキストで重要な対象に直接かかるインデックスは、直示の指示(外延)的な意味が分析できるとする仮説を設けている。指示的な意味については、モンターギュ文法の流れを汲む談話表示理論(Discourse Representation Theory)による分析が知られている。(Hanamura 2005)英語の一人称単数の指標は、話し手にかかる。ここでは単数のインデックスは、発話のコンテキスト内で非集合体として個別化される個体に付く。
(6)He is small. (女性を指しながら)
文法的な性がある言語(ドイツ語やフランス語)の場合、普通名詞の性は、一般的に名詞のインデックスのアンカー(例、量化の領域)に関する意味の制限から独立している。普通名詞は、インデックスの性の値を語彙的に指定することになる。しかし、これらの性の指定は、英語のような自然性の言語の場合は当てはまらない。
(7)Elle/Il est trè longue. (テーブルを指しながら) (8)Er/ Sie /* Es kommt bald.(駅で電車を待ちながら)
(7)の直示代名詞は、フランス語のテーブルが女性名詞のために、女性でなければならない。(8)の直示代名詞もドイツ語の列車が男性名詞のために男性でなければならない。これらの言語にかかる語用論の制約は、個体がNPインデックスのアンカーとして機能するための条件である。それは、インデックスの呼応の素性が普通名詞の素性と呼応することであり、普通名詞は、その個体をコンテキストに適した精度で効果的に分類する。自然性の言語と文法性の言語は、インデックスの呼応の素性を指定するという点では類似している。しかし、呼応の素性を指示対象の特性にリンクさせるときには、語用論上の制約が全く異なってくる。
(9)Ich sah den Hund. Sie war schön.
(9)は指示対象が雌の犬だとしても不適切である。ドイツ語の犬は男性名詞であり、文法上の性に違反しているためである。インデックスの呼応の素性とそのアンカー間にある語用論の制約はとても複雑である。説明を簡単にしよう。
(10)*the boat who I like
(11)the car which I like
(10)の関係代名詞whoは、NPインデックスのアンカーとして機能するために必要な2つの特性(人間と車)と両立しないために文法違反となる。インデックスの呼応ではないとしたほうが、英語のboatが女性の人称代名詞や再帰代名詞を取るという事実も説明できる。普通名詞をメタファー的に使用する場合、関係代名詞の人間性は指示対象により決定される。名詞の持つ本来の特性が決めるわけではない。
この小論ではCASEがインデックスの属性にならない。CASEのような統語特性は、代名詞とその先行詞に呼応が見られないためである。また、照応の呼応は、インデックスのすべての素性(PER、NUM、GEND)に影響を与える。統語特性の値に呼応が見られないとしても、同一指標を取る代名詞もある。こうした矛盾にも対応できるようにすれば、言語の違いを越えて妥当するようになる。
花村嘉英(2018)「ことばの呼応とその機能を比較する-英語、ドイツ語、日本語、中国語を中心に」より