5 分野の背景知識の調節法
一般的に、翻訳の作業単位は、言語の知識と分野の背景知識との組み合わせである。例えば、私の場合は、ドイツ語と文学とかドイツ語ないし英語と技術文という組み合わせになる。そのために、実務に関してそれなりに工夫が必要であった。文理の相乗効果のことをいうシナジー・共生の調節が大変に難しいからだ。
翻訳者として10年余り仕事をしながら、この問題について試行錯誤を繰り返してきた。それは、文理の土台を作りたかったからである。縦型の伝統の技は、文系も理系も比較の研究になる。一方、横の調節は、シナジーの研究である。その際、文系が専門であれば文系が主で理系が副、理系が主であればその逆になる。また、文系の基礎は文献学であり、理系の基礎は計算と技術といえる。人文科学が専門の場合、文理の組み合せは文学とコンピューターとか心理とメディカルなどである。計算文学を研究するためには、もちろん理系の文献も文学分析に使えることが前提になる。(「計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」を参照すること。)毎日のように技術文の翻訳作業に従事しながら、「理系のための基礎作り」を心掛けていた。
技術文の翻訳には、翻訳ソフトが付き物である。限られた時間で大量のデータをできるだけ正確にまとめなければならないからだ。周知のように、コンピューターのマニュアルでは、文体や用語もさることながら、類似の表現や決まり文句または同一文が繰り返して使用される。そこで、翻訳ソフトを使用して翻訳メモリーを作りながら、作業を行うことが慣例になっている。また、技術文を翻訳しながら、理系の入門書を読む必要もある。私の場合、このようにして、文系の語学文学と理系の情報科学の背景知識を調節してきた。
花村嘉英(2017)「日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」より